2023年05月14日

イエスはまことのぶどうの木    ヨハネによる福音書第15章1-8

イエスはまことのぶどうの木      ヨハネによる福音書第15章1-8   A年 復活節第6主日  2023.05.14


 主イエスは、今日の聖書日課福音書の中で、ご自身をぶどうの木()に例え、「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である」と言っておられます。そして、ぶどうの木である主イエスは「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている(15:4)」と言い、「人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ(15:5)」と言っておられます。

 ヨハネによる福音書には「つながる、とどまる(原語ではµeνωメノー)」という言葉が沢山用いられています。ヨハネによる福音書で40回、そのうちの11回がこの15章の中にあります。他の書ではヨハネの手紙Ⅰで20回、そして第3位は使徒言行録で13回用いられています。この「つながる、とどまる」という言葉は、ヨハネによる福音書が伝えるメッセージを性格付けているとも言えます。

 特に今日の聖書日課福音書の箇所で主イエスが「わたしにつながっていなさい」と言っておられる場面は、この後主イエスがゲッセマネの園で捕らえられ、十字架に架けられる直前のことです。この箇所で「イエスにつながる」と言うことは、主イエスが十字架で死ぬまでつながっていると言う意味ではなく、十字架に付けられて死に復活する主イエスにつながっていなさい、という意味であることは明らかです。

 主イエスの生きた時代とその前後の時代背景を考えてみると、「イエスとつながる、イエスにとどまる」という言葉がどのような意味を持っているのかが明らかになるように思われます。

 ヨハネによる福音書がまとめ上げられたのは、紀元80年代後半から90年代の頃であったと考えられていますが、この頃、イエスを救い主と信仰告白する人々は大きな危機の中にありました。その危機とは、キリスト者たちがユダヤ教からもローマ帝国からも弾圧を受ける立場に追いやられていったことです。

 パレスチナ一帯は地理的にも要所にあるため、昔から諸外国の圧力に曝され、アッシリア、バビロニアをはじめとする周辺の大国に占領されてきました。

 紀元前63年には、イスラエルはローマ軍に占領されてその属領となり、ある程度の自由は認められながらも、ローマからシリア州に派遣される総督によって治められていました。その間にも、イスラエルでは度々テロや反乱が起こっていましたが、起源66年に始まったローマに対する大きな武力抵抗は70年に制圧され、エルサレムもローマ軍によって破壊され、イスラエルは国を失ってしまいます。このことはユダヤ人にとって大きな打撃であり失望でした。

 ユダヤ教の指導者たちは、現在のテルアビブの南20㎞ほどの所にあったヤムニアに本拠地を移し、起源90年にそこで会議を開きます。

 その会議の目的は、国を失い、一致と団結の象徴でもあった神殿を失った後、イスラエルの民がどのように民族として神との繋がりを保ち信仰を維持していくかを考えることにありました。

 この会議で、イスラエルの民がどこで生活していようと、離散したそれぞれの生活の場で律法を守り、礼拝を大切にすることを確認します。彼らは、国が無くなっても、散らされたそれぞれの場で律法を守り、決まった時間に礼拝をすることで、民族として一つであり続けようとしたのです。このヤムニア会議で、ユダヤ教の正当性について審議し、(旧約)聖書の聖典として現在の旧約聖書39書を確定してこれを権威付けますが、この会議で分派や異端についても審議され、イエスを神の子であり救い主であることを公にするナザレ派(キリスト者)は異端であると決められたのです。

 それまでユダヤ教は、ナザレ派をユダヤ教の大きな枠の中の一分派としていましたが、この会議でナザレ派(キリスト者)はユダヤ教から公式に「異端」であるとされたのです。これ以降、ユダヤ教徒たちは日々の礼拝の中で「ナザレ派(キリスト者)は呪われよ」と唱えるようになり、キリスト者は各地にあったユダヤ教の会堂(シナゴーグ)から追放されてしまいます。そのことにより、キリスト者の集まりは、ローマ帝国から許容されていた公認宗教としてのユダヤ教の枠から外され、非合法宗教集団としてローマからも大きな迫害を受ける対象になっていくのです。

 これによって、キリスト者たちは厳しい状況に立たされます。元々ユダヤ教徒だった多くのユダヤ人クリスチャンの中にはイエスに対する信仰を胸にしまい込んでユダヤ教徒に戻る者があったり、キリスト教に対する無理解や誤解の広まる世界の中で、迫害を恐れるキリスト者の中にはイエスを救い主であると公に信仰告白することをためらう人も出てきていたのです。

 こうした厳しい状況の中で、当時の信仰者たちは主イエスの「わたしにつながっていなさい」という言葉に励まされ、養われ、導かれていたのです。

 人は弱いものです。迫害の無い時代でも、人はすぐに時流に負けて、目の前の損得や権力の前に自分を明け渡してしまったり、それが正しくないとは承知の上で強い力に屈してしまったりも致します。主イエスは、そのような弱さのある人間をも愛しぬき、赦しぬき、イエスにつながって生きるように招きました。主イエスは、普段の生活の身近なぶどうの幹と枝の例えを用いて、イエスと繋がりその実を結ぶようにと教えておられます。

 福音記者ヨハネは、この福音書が編集される当時のキリスト者たちが置かれる厳しい状況の中で、「主イエスに従いなさい。主イエスこそまことにぶどうの木であり、あなたがたはその枝なのだから」という思いを強くしていたことが想像できるのです。

 ヨハネによる福音書の中には主イエスが「わたしは・・・である」と言っておられる箇所が7つあり、その言葉は主イエスがどのような意味での救い主なのかを強調する言葉です。今日の福音書では「わたしはまことのぶどうの木」と言っておられ、私たちにイエスの枝でありなさいと言っておられます。

 「わたしはまことのぶどうの木である」ということは、「主イエスこそ、そこにつながる私たちが養われ実を結ぶまことのぶどうの木であり、主イエスの他に私たちがつながるべきお方はいない。主イエスこそ真の命の源である」というこなのです。

 キリスト者は社会情勢が苦しい中でその信仰を鍛え上げられてきました。初代教会のキリスト者たちは迫害を受け続ける中で、弾圧し迫害する側であったローマ帝国はキリスト者の信仰を認め、国教にするまでに広がりと深まりを示していくのです。

 私たちたちは、十字架を通して神の御心を成し遂げてくださった主イエスにしっかりつながり、その枝としてこの世界に生かされており、神の愛を示すために派遣されていきます。そうであれば、もし、私たちが迫害を受けイエスを主と告白するがゆえに苦難を自分の身に負うことがあるとしても、迫害されることは信仰者としてイエスの愛を人々の前で示すことにつながっており、弾圧されても迫害されても、自分を通して神の愛が現される機会にさえなるのです。

 わたしたちは主イエスにしっかりとつながり、日々御言葉の恵みをいただいて、豊かに養われ、人々に主イエスの愛を伝えてイエスの愛の内に多くの人々を招き入れる働きへと遣わされて参りましょう。

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2023年05月07日

道であり、真理であり、命である主イエス   ヨハネによる福音書第14章1-14  A年 復活節第5主日

道であり、真理であり、命である主イエス  ヨハネによる福音書第14章1-14   A年 復活節第5主日   2023.05.07


 今日の聖書日課福音書から、ヨハネによる福音書第146節のみ言葉をもう一度心に留めましょう。

 「わたしは道であり、真理であり、命である。」

 復活節も後半に入りました。復活節のテーマは主イエスの甦りを喜び祝い感謝することにあることは言うまでもありませんが、復活節の後半では復活した主イエスとの別れがテーマになってきます。言葉を換えれば、私たちは目に見える主イエスにずっとすがりついてお会いしたイエスを頼って生きていくのではなく、復活の主イエスを信じてその主イエスに導かれ励まされて救いに至る歩みを進めていくのです。

 主イエスは弟子たちとの別離を前に、弟子たちの足を洗い、最後の晩餐をなさり、その席でいくつかの大切なことを話されました。でも、弟子たちは主イエスの言葉をどのように理解すれば良いのか分からずに狼狽えています。

 今日の聖書日課福音書の箇所に至る前にも、主イエスは弟子たちが驚き狼狽えざるを得ないことを話しておられます。その内容はこれまでにも主イエスが繰り返し弟子たちに伝えてきたことではあるのですが、主イエスは「時」が差し迫った今、もう一度はっきりと伝えておられます。

 イエスが弟子たちに伝えていることは、イエスが彼らから去って行くこと、間もなくユダヤ教指導者たちの手に渡されて死ぬこと、仲間の一人がイエスを裏切ろうとしていること、ペトロがイエスのことを三度知らないと言うこと、そして弟子たち皆がイエスを捨てて逃げることなどです。

 福音記者ヨハネは、第1321節に「イエスはこう話し終えると、心を騒がせ、証しして言われた」と記しています。主イエスはご自分に刻々と迫ってくる十字架を思いながら、心を騒がせ、深い思いを込めて大切なことを伝えますが、弟子たちは主イエスの言葉が理解できていません。その緊張感の中で、主イエスは深い苦しみに襲われていました。

 主イエスは、弟子たちが動揺して取り乱す様子をご覧になってこう言われます。「心を騒がせてはならない。神を信じ、また私を信じなさい(14:1)。」

 主イエスは、弟子たちを召し出してから、幾度もご自身の受難について弟子たちに教えてきました。ご自身の十字架の苦難を通して父なる神の許にいくことになっており、この道以外に神の御心が達成する道はないことを主イエスは幾度も弟子たちに伝えてきました。そして、今、その時が来ています。主イエスご自身は、心を騒がせながらも、これからご自身に起こることの意味が見えています。一方、弟子たちにはまだ主イエスの言っておられることの本質が見えずに、狼狽えて心を騒がせているのです。

 弟子のトマスやフィリポは主イエスに質問していますが、そこにはこれまで主イエスが教え語ってきたことがまだ理解できていない弟子たちの姿が明らかにされてきます。

 今日の聖書日課福音書の内容が、心を騒がせる弟子たちに伝える主イエスの言葉であることを確認すると、主イエスがこのことだけはしっかり伝えたいという思いで語っている大切な言葉であることが、その緊張感と共に理解できるのではないでしょうか。

 その中心となる言葉が、「私は道であり、真理であり、命である」です。

 この言葉の主イエスご自身が弟子たちに与えた言葉であると同時に、この福音書を記したヨハネが、自分の経験から「主イエスこそ、道であり、真理であり、命である」と自分の信仰をこのように表現して、その後世を生きる私たちに伝えている言葉でもあります。

 英語のbe動詞が、主語によって am are is と変化するように、ギリシャ語の動詞は主語が一人称、二人称、三人称によってまた単数か複数化によって変化しますので、普通は主語が省略されます。わざわざ主語を付けて表現する時には特にそのことを強調することになります。

 ヨハネによる福音書では、この「私は道であり、真理であり、命である」を含め主イエスはこの他にも「私は良い羊飼いである」「私は甦りであり命である」「私は命のパンである」など、合わせて7つ、ご自身を神の子として「私は~である」と表現しておられますが、それらは皆、主語、動詞、補語が完全な形で表現されています。

 「私は道であり、真理であり、命である」という言葉も、原文では 主語、動詞、補語を省略しない完全な文体で表現され、主イエスが「我こそは道であり、真理である、命である」と弟子たちにご自身を強く示しているのです。また、福音記者ヨハネは「主イエスこそ、私たちの導き手であり、このお方こそ真理そのものであり、このお方によって私たちは生かされる」と力強く宣言するイエスを私たちに伝えているのです。

 カトリック教会の本田哲郎神父は、『小さくされた人々のための福音』(個人訳聖書)で、この箇所を次のように訳しています。

 「わたしが道であり、命をもたらす真実である。

 わたしをとおらずには、だれも父のもとへいくことはできない。」

 主イエスは、自分たちの先生の十字架が迫りながらも無理解なまま混乱して狼狽える弟子たちに、「私があなた方を導き、あなた方を死の先にまで生かす真理そのものなのだ」とご自身を示しておられるのです。

 主イエスが「わたしが道である」と言うのは、そこに整備された安全な道が用意されているということではなく、主イエスがわたしたちをどのような時にも導いてくださるという意味であり、主イエスが私たちに天の国に通じる道を開いてくださるということなのです。そうであれば、私たちは主イエスが導いてくださるその道を歩くのかどうかの決断を主イエスから迫られているということなのです。

 同じように、「私は真理である」とは、あなたがたを本当のこと、真実のこと、正しいことへと案内するということ、また「私は命である」とは「私があなたを永遠に生かすのだから私に従ってきなさい」と言っておられるということなのです。

 主イエスの弟子たちは、不安と混乱の中にあって、まだまだ主イエスの本意を理解することはできていませんが、道であり真理であり命である主イエスによって導かれ、育まれ、それぞれの弟子が神から与えられた取り替えのきかない大切な自分として生かされることへと導かれ、やがて恐れなくイエスは救い主であることを世界に伝えていくことへと導かれ、突き動かされていきます。

 今は主イエスの御言葉が直ぐに理解できずに、不安になり、怯え、示された御言葉に尻込みすることがあっても、主イエスは「私に従い続けなさい。私はあなたを天の国へと導きます」と言ってくださっています。

 時には自分の至らなさや醜い一面に気付かされるようなこともあり、それは心地よい事ではなく、むしろ辛かったり痛みを伴うことにもなるでしょう。ペトロをはじめとする弟子たちはそのような辛さや苦しさを幾度も経験しながら、でも、主イエスを道として、真理として、命として生きる事へと導かれています。弟子たちはそのプロセスの中で、復活の主イエスの力を受けて、キリストの証人として、恐れることなく主イエスこそ真の救い主であることを宣べ伝える人になっていきます。

 かつては弱く、軽率で、ある意味では自分勝手にしか生きられなかった弟子たちがやがて生まれ変わり力強く主イエスを証して生きるようになるのは、弟子たちに聖霊の力が与えられてからのことになります。

 主イエスは、弟子たちの始めから終わりまで、道であり、真理であり、命であり続けてくださっています。それは弟子たちだけではなく私たちとってもそうです。たとえ私たちの方からは主イエスを裏切るようなことがあったとしても、神の方からは主イエスの十字架の赦しと復活を通して、私たちの道であり真理であり命であり続けてくださっています。

 私たちは主イエスに伴われて、日々信仰の道を歩みを導かれていく思いを新たにいたしましょう。

 このような歩みが出来る時、私たちがこれまで自分の欠点だと思っていたことや自分の弱さや醜さだと思ったり考えていたことさえ、弟子たちがそうであったように、主イエスに導かれる通路となり、神の恵みが働く機会にして用いていただけるのです。

 道であり、真理であり、命である主イエスに生かされ導かれて参りましょう。
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2023年04月30日

羊の門イエス  ヨハネによる福音書第10章1-10 

 羊の門 主イエス  ヨハネによる福音書第10章1-10   A年 復活節第4主日   2023.04.30

 今日の主日は、「良い羊飼いの主日」と呼ばれている主日です。

 パレスチナは水や緑が少ないところですので、安全に羊を守り育てることは苦労の多い仕事でした。羊飼いはいつも羊と寝起きを共にし、自分の羊を野の獣から守ります。羊飼いは荒れ野の所々に羊を管理するための囲いを作っていました。特定の人のものではなく羊飼いたちが共有する囲いです。ごろごろした石を積み上げて造られた囲いです。夕方になると、羊飼いたちは自分の羊をその囲いの中に導き入れて夜を過ごします。時には幾人かの羊飼いが同じ囲いに羊を入れることもあり、自分の羊も他の人の羊も一緒に過ごします。羊飼いは一緒に羊の番をし、あるいは交代で眠ることもできました。

 夜が明けると、羊飼いは囲いの門のところで声を上げます。すると、羊たちは自分の飼い主の声を聞き分けて、飼い主の所に集まります。羊飼いは一人で100匹程の羊を飼っていましたが、その一頭一頭に名前を付けて、それぞれの性格も健康状態も知りぬき、時にはそれぞれにつけた羊の名を呼んで羊たちを呼び集めました。羊は自分の飼い主の声を聞き分け、飼い主に従っていきます。羊は自分の飼い主の声を聞き分け、他の羊飼いに着いていくことはありません。羊飼いは先頭に立って、新しい日もまた自分の羊を水や青草のあるところへと導きます。

 主イエスは、パレスチナの人々にとって極めて身近な「羊飼いと羊」の生活を例えにしてお話しをなさったのでした。

 羊が守られるのは囲いの中だけのことではありません。羊は自分の飼い主の声を知り、他の飼い主との声の違いを聞き分けて、自分の羊飼いの声に導かれて初めて若草の野辺へと出ていくことが出来、そこでも羊飼いの見守りが必要になります。

 私たちもそうした羊のように、私たちを導いて豊かに養ってくださるお方に守られ導かれいます。私たちはその羊飼いである主イエスに自分を委ねて、その導きと養いを受けて生かされています。良い羊飼いである主イエスは、私たち一人ひとりの心の内側までを知っていてくださり、私たちの名を呼んで、私たちを導いてくださっています。

 「死海写本」についてご存知でしょうか。「死海写本」は、1947年にパレスチナで発見された古い巻物があり、その発見をきっかけにこの地方で調査発見された2000年近く前の歴史資料であり、20世紀に発見された最大の歴史的遺物と言われています。この巻物の中には、聖書の写本や、聖書の解説、またユダヤ教の規則集などが含まれており、最初の発見をきっかけに、幾つかの箇所から羊皮紙やパピルスに記されたそれらの写本が発見されました。

 この写本発見のきっかけになったのは、ある羊飼いの少年でした。この少年は迷いだして見失った自分の羊を探して荒涼とした「クムランの洞窟」と言われるあたりに来ていました。その辺りは、昔、洗礼者ヨハネのグループが俗世界を離れて修養の生活をしていた場所だと考えられています。羊飼いの少年は、そのような荒野の洞穴に自分の羊が迷い込んでいないかと捜し回りました。「死海文書」の一つはこの少年によって洞窟の中から偶然に発見されたのです。今ではこの地方にもチラホラと観光客が訪れるようですが、そこは何人かで訪ねても不気味さを覚える荒れ野です。最初に「死海写本」を発見した少年も、おそらく人気(ひとけ)のない荒れ野で、大自然の創り出す不気味さに圧倒されながら、迷い出た一匹の羊を捜し歩いたことでしょう。僅かな水と食料を腰に下げて、薄暗い洞窟を覗いては羊の名を呼び、自分の声だけがこだまする荒れ野を歩き回ったことと思います。このように自分の羊に責任を持ち自分の羊を大切にする「良い羊飼い」と、主イエスが自分への信仰を告白する人々を命を掛けて神の国へと導く「良い羊飼い」の姿が重なります。

 こうした状況を背景に主イエスは「私は羊の門である」と言っておられます。

 また、今日の聖書日課福音書の箇所の文脈を見てみると、直前の第9章には主イエスが生まれつき目の見えない人の目を開いて癒した物語があります。この物語は主イエスに目を開かれた人がユダヤ教の指導者たちによって神殿から追放されたところで終わっています。しかもその物語の中で、ユダヤ教の指導者たちは、生まれつき目が見えなかったこの人に「神の前で正直に答えなさい。私たちはあの者(イエス)が罪ある者だと知っているのだ。」と言っていたのに対して、この目を開かれた人は「あの方が神のもとから来られたのでなければ、何もおできにならなかったはずです」と言って、自分の目を開き癒やしてくださった主イエスに対する自分の思いをしっかりと表明しており、それがきっかけになってこの人は神殿を追放されてしまいます。

 今日の聖書日課福音書の箇所は、この物語を受けて、誰が本当の羊飼い(救い主)であり、私たちは誰の声を聞いて導かれるべきなのかを伝えているのです。

 生まれつき目が見えなかった人が主イエスによって目を開かれ、主イエスの御声を聞き分けることが出来るようになって、強盗や偽羊飼いのようなファリサイ派の人たちに対しても恐れることなく、自分の主イエスに対する信仰を表明しました。

 そして、福音記者ヨハネは、私たちのことをも、まことの羊飼いである主イエスに聞き従うように招くのです。

 主イエスはご自身を「羊の門」に例えられ、更に「良い羊飼い」に例えておられますが、福音記者ヨハネは、こうした流れによって、弱く貧しい人々を食い物にするファリサイ派たちを野獣に例え、主イエスこそ羊たちを憩わせる囲いの門であり、また、主イエスこそ自分の命を掛けて自分の羊を守る真の羊飼いであることを伝えています。

 ヨハネによる福音書がまとめられるようになった時代は、クリスチャンにとっては厳しさが増してくる時代でした。主イエスが天に上げられてから50数年経た頃、当時のユダヤ教の担い手たちが開いたヤムニア会議で、ユダヤ教の指導者たちは日々の祈り(18祈願)の中に「ナザレ派(イエスをメシアとして告白する者ども)は呪われよ」という祈りが加えるようになり、イエスを救い主と信じて告白する人々はユダヤ社会の異端とされ、各地の会堂から追放されるようになったのです。これによってその当時イスラエルを支配していたローマ帝国からもクリスチャンは非合法宗教と見なされるようになり、ローマ帝国挙げての大迫害が起こる要因にもなっていったのです。

 しかし、当時のクリスチャンはこうした状況をただ悲観的に捕らえるのではなく、イエスを救い主と信じて告白する者の集まりはユダヤ教の枠を越えて広がっていくことになり、キリスト教はイスラエルという囲いの外の異国の人々にもその御心を示して広がっていくのです。

 そのような時代を背景に、福音記者ヨハネは「主イエスこそ私たちの本当の羊飼いである」、「主イエスこそ本当の神への門である」、「主イエスに養われる私たちはこの方の御声に聞き従うのです」と伝えています。また、迫害を恐れて主イエスを自分の救い主であると信仰を告白出来ずにユダヤ教の枠の中に留まる人々に対しても、主イエスこそ真の羊飼い(救い主)であると強く訴えています。

 羊が真の羊飼いの声を聞き分けられるようになるためには、羊は生まれた時から幾度も真の羊飼いの声を聞き、羊飼いから自分の名を呼ばれる必要があります。そのように良い羊飼いに守られ、自分の名を呼ばれながら、羊は自分が掛け替えのない大切な一匹であることを覚えるのです。

 私たちも主イエスの御声を聞き分けることが出来るようになるためには、まず聖書の御言葉を幾度も幾度もしっかりと自分の心に迎え入れ、主イエスを通して愛されていることを知り、それに基づいて偽牧者の声との違いをしっかり聞き分けられるようになることが求められるのです。

 自分の羊のためには命をも捧げて下さった真の羊飼い主イエスが自分の羊飼いであることを思い起こし、その御声を求めて従って参りましょう。また、十字架の上の苦しみを通してさえ私たちを愛しぬいて下さった主イエスこそ私たちを本当に生かし神の国に至る門であることをしっかりと心に留めることができますように。

 「良い羊飼いの主日」である今日、私たちの羊飼いである主イエスの御声にに導かれる思いを新たにし、良き羊飼い主イエスに従う歩みを強められますように。

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2023年04月23日

エマオへの道で  ルカによる福音書第24章13-35

エマオへの道で  ルカによる福音書第241335   A年 復活節第3主日   2023.04.23

 主イエスが十字架で死んで墓に納められた日は金曜日。その翌日は安息日。その安息日が開けた週の初めの日、幾人かの女性たちは主イエスの墓に向かいましたが、婦人たちは、そこで天使から主イエスの復活を告げられました。

 「イエスは生きておられる。」

 彼女たちはそのことを弟子たちに伝えます。ペトロとヨハネもイエスの墓が空であることを確認しました。その日のうちに「イエスは生きておられる」という噂はエルサレム中に広がり始めていました。

 しかし、弟子たちには「イエスが生きておられる」ということは、まだ噂話にしか思えませんでした。クレオパともう一人の弟子は、エルサレムを去りエマオに向かって歩き始めていました。エマオはエルサレムから西へ1112㎞程のところです。この二人の弟子がエルサレムを発ったのは、夕暮れのエマオの様子から逆算して、午後2時頃であったのではないでしょうか。

 エマオへ向かう二人は歩きながら互いに「この一切の出来事について」語り合っていました。彼らには、イエスが過去の人になり始めています。

 この二人には、彼らの望みが主イエスの十字架で絶たれてしまったかのように思えました。この二人だけでなく他の弟子たちも皆、主イエスがエルサレムに上ることで「神の国を実現する働き」は完成すると期待していたのに、その全てが十字架で終わってしまったとしか思えませんでした。

 それぞれの弟子が一心に主イエスに望みをかけていました。ある弟子は漁をしていたガリラヤ湖畔に舟、網、家族を残し、「人間をとる漁師」になろうとして、また他の弟子は収税所で人々に蔑まれながら税金取りをしている時に思いもかけず主イエスに声をかけられて立ち上がり従ってきました。その結果は、自分たちの期待は適わず、主イエスの十字架で終わったと考えました。弟子たちはみな落胆していますが、エルサレムでは街中に「イエスは生きておられる」という噂が飛び交っています。

 クレオパともう一人の弟子は、こうしたイエスの噂を敢えて振り切るかのように、エルサレムを去りエマオに向かって歩き始めました。彼らはイエスについて語り合い、論じ合いながら歩きます。すると、そこにいつの間にか誰かが近づき、合流し、二人の話に入ってきました。

 「歩きながらやりとりしているその話は何のことですか。(24:17)

 二人は、そのお方が甦った主イエスだとは気付かず、その人にイエスについてことにこの数日エルサレムで起こったこと(24:18)を説明しながら歩いていきます。

 今日、私たちは、この物語から、歩きながら語り合う二人の弟子と主イエスの「話す人と教えられる人」の主客の転換について注目してみましょう。

 エマオに向かって歩き出したイエスの弟子であるクレオパともう一人は、主イエスについて語り合い、論じ合っています。この二人は、そこに同行してきた主イエスに「何のことを話しているのか」と尋ねられて、自分たちが期待していた教師であるイエスについて、19節から24節まで、かなり詳しく説明しています。

 それに対して、25節からは主イエスがこの二人に教え始め、26節で「メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか」と前置きなさり、「モーセと全ての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された(24:27)」のです。

 クレオパともう一人は、自分たちに語っておれれるのが主イエスご自身であるとは気付かないままに、イエスの十字架と復活は旧約聖書に記された神の救いが成し遂げられた出来事ではないか、と力強く教えられました。

 そして、夕食の席では、主イエスご自身が「パンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いて(24:31)」この二人に渡しておられます。ここに主イエスが最後の晩餐で制定された「主の食卓」の出来事が起こっており、二人の弟子は目が開かれています。

 彼らは語り合います。「道で話しておられるとき、また道で聖書を説明して下さったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか(24:33)。」

 二人の弟子が十字架に死んだイエスのことを思い、考え、語り合うところに、主イエスご自身がいつの間にか合流しておられます。その主イエスは、二人の弟子に、同伴し、教え、やがてこの二人を導き、養うお方となり、主客が入れ替わっていきます。

 このことに気付くとき、この物語のクレオパともう一人の弟子が甦りの主イエスが生きておられることに気付く姿は、私たち自身の信仰生活の姿と重なってくることが分かるのです。

 私たちも、信仰のはじめには、この二人の弟子のように「イエスは生きておられる」というメッセージに混乱して、信じられず、そのメッセージを拒みたくなることもあったのではないでしょうか。実は私たちも、今でも、主イエスの復活について、戸惑い、信じられず、主イエスについて色々と論じてみても、「イエスは生きておられる」というメッセージに尻込みすることもあるのではないでしょうか。

 そして、結局の所、イエスの愛は十字架の上で終わってしまったとしか考えられず、いつまでも物分かりが悪く、心が鈍いままであり、主イエスの十字架が栄光のしるしだとは理解出来ずに過ごしているのではないでしょうか。

 私たちは、聖書の言葉を思い巡らせ語り合っても、初めのうちはまだそこに主イエスが同行していてくださることには気付かないかもしれません。でも、私たちが聖書の言葉に耳を傾け、心を開いて互いに語り合い論じ合う時、復活の主イエスに出会う準備が私たちの中に少しずつ出来てくるのです。そして、そのような私たちのところに、主イエスはいつの間にか私たちと共に歩き、教え導いてくださっているのです。

 二人の弟子は後になって、そこに同行していたお方が主イエスだったと分かり、2432節では「道々、聖書を解き明かしながらお話しくださったとき、私たちの心は燃えていたではないか」と語り合っています。

 私たちも、聖書を通して主イエスのお話し下さることを聴こうとする思いへと導かれ、神の御心を聖書の中に求め、そのことを語り合い、そこに共にいてくださる主イエスに出会いたいのです。

 31節では、食卓で二人の弟子の目が開けて復活の主イエスを認めた時には主イエスのお姿はまた見えなくなったことを記していますが、神は私たちをいつまでも主イエスと出会ったあの時の状態に留めてくださるわけではありません。もし私たちが、主イエスのお姿を特定の考えやイメージの中に留めて、そこからしか主イエスを見ないのであれば、私たちは私たちの思いを越えて大きくお働きになる主イエスをすぐに見失うことになるでしょう。

 それでも、私たちは今日の聖書日課福音書から、主イエスの御言葉の内に、そして、主イエスが主催してくださるこの聖餐式の内に、主イエスが私たちと共にいてくださることを示されています。

 私たちは、エマオに向かう二人の弟子と同じように、主イエスを思い、語り合い、論じ合う中から主イエスご自身の導きを受ける時が来ることを待ち望みながら信仰生活を歩んで参りたいと思います。

 私たちが主イエスについて思い巡らせ、語り合い、論じ合うながら歩み続ける時、復活の主イエスはその道のどこかで私たちに同行し、更に私たちを教え導いて下さるようになり、いつの間にか私たちの心を燃え立たせて下さいます。

 既に主イエスはいつの間にか私たちと共に信仰の道を歩んで下さり、私たちの心を燃え立たせ、主イエスとの交わりのうちに私たちを生かして下さいます。 私たちは復活の主イエスに共に歩んでいただいていることを信じて、それぞれの信仰の歩みを進めていくことができますように。

 (3) 2023年 4月 23日( A年) 復活節 第3主日 説教小野寺司祭 - YouTube

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2023年04月16日

キリストの平和  ヨハネによる福音書第20章19-31  復活節第2主日

キリストの平和  ヨハネによる福音書第201931   A年 復活節第2主日   2023.4.09


 復活節第2主日を迎えました。

 今日の聖書日課福音書は、主イエスが復活なさった日も暮れようとする頃の出来事が記されています。

 弟子たちは、主イエスが復活したという知らせを受けた日の夕方になっても、自分たちのいる家の戸に鍵をかけて、重苦しい思いを抱えたまま、部屋に閉じこもっていました。弟子たちは、ユダヤ教の指導者、権力者たちが主イエスを十字架につけた勢いに乗ってその弟子や仲間たちのことも捕らえに来るのではないかと恐れています。イエスを納めた墓が空であったことについても、当局者たちが「イエスの弟子たちが遺体を持ち出して、その復活の噂を立てている」と考え、イエスと同じ罪状を口実にし、加えて墓に納められた遺体を持ち出して神を冒涜する者、騒乱を起こす者として自分たちを捕らえに来ることは十分に考えられることであり、弟子たちの不安や心配は一層つのりました。

 主イエスの遺体が墓にないことは主イエスが復活したしるしですが、イエスを否定して復活を信ない者たちにとって遺体がないことは墓を荒らす者がその遺体を運び出したと考えるのはごく一般的な推理であったと言えるでしょう。

 この日の夕方、主イエスは、部屋の戸に鍵をかけて閉じこもている弟子たちに復活のお姿を現し、彼らの真ん中に立って、「あなたがたに、平和があるように」と言われました。直訳すれた「平和、汝らに(エイレーネー ヒューミン)」です。ヘブライ語では「シャローム アレヘム」と言います。

 「あなたがたに平和があるように」。

 主イエスは、この言葉をこの場面(今日の聖書日課福音書の中)だけでも、幾度も繰り返しておられます。

 主イエスの言う「平和」とは、ただ争いや戦いがないという意味ではありません。「平和」とは、主なる神の支配が完全に行き渡っていること、神の御心がそこに満ち溢れていること、神と私たちの関係が少しも損なわれることなく十分であることを意味しています。主イエスは弟子たちに、主なる神とあなた方の関係は少しも損なわれることなく十全である、と言っておられるのです。

 主イエスが十字架につけられた時、弟子たちは自分たちが望みをかけていた主イエスとの関係は、自分たちがイエスを裏切ったことで全てが崩れ去り全てが終わり、全てを失ってしまったと考えました。弟子たちは、安息日の土曜日もその翌日の日曜日も、部屋の中に閉じこもり、重苦しく息苦しい部屋の中で過ごしていました。

 主イエスはそこに入って来られ「あなたがたに平和があるように」と言ってくださいました。

 何という驚きでしょう。主イエスのこの言葉、「平和、汝らに」は、部屋の中に閉じこもりうずくまっていた弟子たちのすべてを覆します。

 振り返ってみれば、弟子たちはこれまでガリラヤからずっと主イエスと共に過ごす中で、「あなたは生ける神の子」と主イエスに対する信仰を言い表したこともあり、また、主イエスがご自分の受難について語り始めた時には「この人と一緒に死のうではないか」と語り合い、主イエスに向かって「死んでもあなたについて行きます」とも言いました。でも、主イエスがゲッセマネで捕らえられる時、弟子たちは捕縛されるイエスをそこに置き去りにして逃げ出しました。また、ペトロはこっそり入り込んだ大祭司の館で、その家の者から「あなたもあの男の弟子だろう」と問い詰められれば、「違う」、「知らない」とイエスを三度否定し、主イエスの言葉の通り鶏が鳴いたのでした。そして主イエスはその日のうちに十字架につけられました。

 主イエスの十字架は、この世の罪、人間の罪、そして弟子たちの罪を顕わにしました。神の御心から離れてしまった人間の罪の姿が、主イエスの十字架に現れ出ました。でも、それと同時に、この十字架を通して、神の完全な愛の姿も現れ出ていたのです。

 ほとんどの人がその十字架から溢れ出していた神の愛とその勝利を見過ごしてし金曜日が終わりました。それから3日経った日も夕方になった頃、復活した主イエスは弟子たちの所にそのお姿を現されました。ただ閉じこもっているほかなかった弟子たちの真ん中に立って、主イエスは「あなたがたに平和があるように」と宣言してくださいました。

 十字架と復活を通して主イエスが成し遂げ示してくださった神の愛が、今、ここに、弟子たちに示されています。

 弟子たちは号泣したことでしょう。そして心の底から喜びが生まれます。弟子たちに再び生きる力が湧き上がってきます。主イエスの復活の力は弟子たちを再び立ち上がらせる力になります。

 この宣言を受けた弟子たちは、まだまだ、弱く臆病ではありますが、神の平和のために具体的に動き働き始めるのです。

 主イエスの名によって集う私たちにも、復活の主イエスは「平和があなたがたに」と宣言してくださっています。

 この宣言によって、弟子たちは、自分たちが赦され、愛されていることを受け容れることが出来ました。十字架の出来事の中に隠し絵のように入り込んでいた神の愛を、今ここではっきりと認識し、実感し、十字架の出来事の意味が弟子たちの心の中にしっかりと根付き、弟子たちの中に神の愛が動き始めます。

 弟子たちは身に余る神の愛を受けて感謝し、神の愛に生かされている喜びが溢れたことでしょう。

 弟子たちは、神の愛の前にいつまでも尻込みしたり神の愛から隠れることは、神の溢れるばかりの愛を無駄にすることであり、それは主イエスの十字架の死を無駄にすることであることを悟ります。そして、感謝をもって、十字架を通して示された神の愛を感謝して、神の愛の恵みを人々に分かち合わずにはおれない思いに溢れます。やがて彼らは聖霊に満たされて、部屋を飛び出して世界への宣教へと歩み出していきます。

 ヨハネによる福音書によれば、復活の姿を弟子たちに現した主イエスは、弟子たちに「聖霊を受けなさい」と言って息を吹きかけておられます。

 息を吹き込むことは、初めて人間が作られた時に、神が土の塵で形作られた人間に神が息を吹き入れたことを連想させます。主イエスが弟子たちに息を吹きかけていることは、罪に死んだ人間が主イエスによって再び新しい人に作り変えられていることを表します。

 私たちは、パウロの表現を用いれがば、アダムと共に罪に死んだ者でしたがイエス・キリストと共に新しい人に生まれ変わって生かされています。主イエスは、復活のお姿を現して「あなた方に平和があるように」と宣言してくださったばかりでなく、ご自身の復活の息を吹き込んで私たちを新たに生きる者としてくださいました。

 私たちは復活の主イエスによって死の先にまで生かされています。今日、私たち一人ひとりが父と子と聖霊なる神との十分な関係の中に生かされていることを確認しました。私たちは、感謝して、喜んで、トマスの信仰告白の言葉に合わせて、「わたしの主、わたしの神」と復活の主イエスへによって与えられた神の恵みに対する信仰を表明し、主の平和の働きに与ることが出来ますように。
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2023年04月09日

空の墓のメッセージ   ヨハネによる福音書第20章1-10    復活日

空の墓のメッセージ     ヨハネによる福音書第201-10    復活日   2023.4.9

 主イエスは3日前の金曜日に、人々の罪を一身に引き受けて十字架の上で死に、葬られました。この十字架の出来事は、十字架を取り巻くそれぞれの人に衝撃を与えました。アリマタヤ出身のヨセフは、主イエスが十字架にお架かりになった出来事に心を打たれ、ピラトのところへ行きイエスの遺体引き取りを申し出たのでした。そして、ユダヤ議会の議員でありファリサイ派のニコデモと共に、自分の所有する新しい墓にイエスの遺体を納めたのでした。

 死はその人が生きたことの意味が問われる厳粛な出来事です。人は自分の死の経験とその先のことをこの世界で分かち合うことは出来ません。もし私たちが自分の「死」について考え、学び、知ろうとするのなら、他の人の生と死から学び、それをもとに思いを深めることしかありません。私たちは他の人の生と死から、自分の一生にも終わりがあることを教えられ、終わりある自分の一生を無駄にすることなく、他の誰にも取り替えることの出来ない貴重な人生を生きるように促されるのです。

 主イエスは十字架の死によって、この世の罪をご自身に引き受けてくださり、死は終わりではなく新しい命に生まれ変わる道であることを示してくださいました。

 主イエスを慕ってガリラヤからエルサレムまで同行してきた婦人たちは、安息日の明けるのを待ちかねて、朝早く、イエスが葬られた墓に向かいました。婦人たちはイエスを失った悲しみを、せめてもう一度イエスの遺体に油を塗って癒したかったのでしょう。今この婦人たちに出来ることは、イエスの亡骸をもう一度丁寧に納めなおすことでした。

 この三日前、安息日の迫る金曜日の夕方にアリマタヤのヨセフとニコデモが取り急ぎイエスの遺体を墓に納めたので、婦人たちはもう一度丁寧にイエスの遺体に香油を塗って納め直し、主イエスに別れを告げようと考えていたのでしょう。

 ところが、女性たちが墓に着いてみると、入り口の大きな石は脇に転げ、墓の入り口がぽっかりと空いています。マグダラのマリアは驚いて弟子たちのところに走りました。

 知らせを受けたペトロと「イエスの愛しておられたもうひとりの弟子」(これはヨハネであると考えられます)は、墓に走りました。若いヨハネは先に墓に着いて女性たちが見たとおりの入り口の状況を確認し、後から走ってくるペトロを待ちます。ペトロは一目散に墓の中に走り込みました。そして、ペトロは、イエスの遺体を包んでいた布がまるで抜け殻のようにそこに置かれているのを見たのでした。ペトロに続いて墓の中に入ったヨハネもそこにイエスの遺体は無くただ亜麻布が置いてあるだけであったことを確認したのでした。

 ヨハネによる福音書は第209節で次のように付け加えます。 

 「イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのである」。

 二人の弟子が空の墓を見て、どのような思いで他の弟子たちのところに戻っていったのでしょう。ペトロもヨハネも、この出来事を主イエスが復活なさったこととは考えられず、どのように理解したら良いのかも分からず、一体誰が先生の遺体を持ち出したりするのだなどとあれこれ推測していたのではないでしょうか。

 私は、この数日、今日の説教の準備をしていると、イエスの遺体のなくなった墓に立つペトロとヨハネの姿は、主イエスの復活の日を迎える私たちの姿と重なってくるように感じていました。

 私たちは、いま聖書から主イエスの墓が空であることを告げ知らされています。主イエスの復活の知らせに喜んで叫びたい程であるはずなのに、実は、内心、ペトロやヨハネと同じように、イエスの墓が空であるという知らせに戸惑い、疑い、尻込みしているのではないでしょうか。あるいは、初代教会からの伝統に従って、本当はその意味も掴めない中で、戸惑う弟子たちと同じ姿でいるのではないかという思いも浮かんできました。その思いは、最初に「墓が空になっている」と伝えられた弟子たちの戸惑いや恐れと重なってきます。

 主イエスは生前に幾度も弟子たちに受難と復活の予告をなさいました。ペトロもヨハネも自分の目で墓が空になった様子を見ているのに、それが主イエスの復活のしるしだとは思えず、また主イエスが予告なさったことがここに実現しているとも思えませんでした。

 福音記者ヨハネはそのことを「イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのである」と記しています。

 弟子たちは、この後、一日中、ユダヤ人を恐れて、戸には鍵をかけて部屋の中に閉じこもっています。弟子たちはマグダラのマリアからイエスの納められた墓が空になっていたことだけでなく、弟子たちが戻っていった後に、墓の入り口で復活のイエスにお会いしたことも弟子たちに伝えたはずです。それでも弟子たちはその日ずっと朝から夕方まで、ユダヤの権力者たちを恐れて部屋に閉じこもっていました。主イエスが甦ったという知らせは既に弟子たちに届いていたはずなのに、弟子たちはまだイエスの復活を受け容れられませんでした。

 このような弟子たちの姿は、主イエスの復活を受け容れられず、信じますと言い切れずにグラつく私たちと重なってくるのではないでしょうか。

 さて、それではこのように主イエスの復活を信じられない弟子たちが、復活の信仰を確かにされていったのはなぜなのでしょう。そして、主イエスの復活を信じられず納得いかない私たちはどうすべきなのでしょう。

 その答えは聖書の中にあります。

 今日の聖書日課福音書で取り上げられているヨハネによる福音書の限らずどの福音書でも、最初に主イエスの墓が空だったことを見つけて御告げを受けた女性たちやイエスの弟子たちは、喜びに満たされるのではなく、恐れおののきまた不安になりました。そのような弟子たちが、その後、様々に甦った主イエスとの出会いを経験していくのです。

 主イエスの墓が空になっていたこの日も暮れようとする頃、ずっと部屋に閉じこもっていた弟子たちは、その部屋に入ってきた復活の主イエスに出会って赦しと招きの宣言を受けました。また、イエスを失って落胆してイエスについて論じ合いながらエルサレムを去る弟子二人はエマオに向かって歩く道でいつの間にか寄り添う復活のイエスに教えを受けて心を燃やしました。また、弟子たちは、主イエスが弟子たちに命じたパンとぶどう酒を分け合って祈る礼拝の中に幾度も主イエスが共におられることを経験しました。また、パウロに至っては、イエスを救い主であると信じる者を迫害し、捕らえて牢に投げ込む働きへとダマスコへ向かう途上で復活のイエスに撃たれ熱心なキリストの宣教者に回心しました。弱くイエスについての理解も乏しかった弟子たちもそれぞれに復活の主イエスと出会い、主イエスの復活の力を得て、世界中に宣教の働きに向かっていき、殆どの弟子たちは殉教の死を遂げています。

 そして、私たちも、今は信仰が不確かであり主イエスについての理解が乏しいとしても、復活の主イエスに出会って信仰を養われ強められた弟子たちに自分を重ね合わせて、それぞれの生活の中で復活の主イエスと出会い、自分の信仰の有り様と出会い、その自分が復活の主イエスに導かれて、過去の古い自分に死んでキリストと共に新しい命に生きていくことへと導かれるのです。

 「復活する」という言葉は、原語のギリシャ語ではaνιstηµι(アニステーミ)という言葉で「再び、上に(アナ)と、起き上がる」という意味から成る言葉です。

 神の御心を生き抜いて十字架に死んだイエスが再び起き上がり、御国が来ますように、御心が天に行われるとおりこの世界でも行われますようにと、私たちの先頭に立って生きてくださり、神の御心を生きようとする私たちを招き導いてくださいます。弟子たちが主イエスの復活のメッセージを受けた時、まだ信じられずに戸惑う時にも、甦りの主イエスは弟子たちを再び立ち上がらせ、新たに生まれ変わって生きるように招き続いてくださいました。

 私たちが、主イエスの復活をまだ理解できなくても、信じられなくても、受け容れられなくても、主イエス・キリストは既に死者の中から復活し、眠りについた人々の甦りの初穂となってくださったのです。

 例え、私たちの信仰がまだ確かではなくても、主イエスは既に甦って、私たちを御心を行う歩みへと導き続けていてくださり、いつか私たち一人ひとりが復活の主イエスと出会う時を用意していてくださり、私たちをその感謝と喜びに満たしてくださいます。私たちの方からは、今は甦りの主イエスについてほんの少ししか理解できなくても、主イエスは私たちのことは全て知っておられ、私たちもハッキリと主イエスのことを知ることに導かれて生きるのです。

 復活の主イエス・キリストが、私たちを生かし導いていてくださることを信じ、日々、主イエス・キリストの復活の力の中に新しくされて歩むことへと導かれて参りましょう。やがて復活の主イエス・キリストと顔と顔を合わせて出会う時を信じて、死を打ち破って復活した主イエス・キリストと出会う希望の中に生かされ導かれて参りましょう。

 主イエス・キリストのご復活を感謝し、共にその復活の主イエスと出会う希望と喜びを確認しましょう。

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2023年04月02日

イエスの十字架  マタイによる福音書27:1-54   復活前主日

イエスの十字架     マタイによる福音書27:1-54   復活前主日     2023.04.02


https://www.youtube.com/watch?v=1vaIKwkjUlA


  今日の聖書日課福音書から、マタイによる福音書の第2746節をもう一度読んでみましょう。

 「三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。『エリ、エリ、レマ、サバクタニ。』これは「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」という意味である。」

 この言葉は、主イエスが十字架の上で叫んだ言葉です。

 主イエスの十字架を理解するために、私たちは予め次の二つの言葉の意味を確認しておきたいと思います。

 一つは「愛」です。これまでに幾度も申し上げているとおり、この言葉は積極的かつ肯定的に相手に関わり続けるという意味で、「好き」という感情を表す言葉ではありません。愛の反対語を挙げるとすれば、「恨み」とか「憎しみ」というより「無関心」とか「無関係」という言葉の方が近いでしょう。

 もう一つは「罪」です。「罪」とは「関係の断絶」を意味しています。例えばコンセントが外れていれば冷蔵庫でも扇風機でも用をなさないように、私たちが神との関係が切れていることが「罪」の状態にあるということです。私たち人間は生物として存在するだけでは「生きている」とは言えません。私たちが生理的には生きていても、神との関係が破れてしまい、神から与えられた命がその人として生きていないことが「罪」の中にある、ということです。

 私たちは、今日、この「愛」と「罪」という言葉の意味を心に刻み込んで、十字架の主イエスを見上げてみましょう。

 聖餐式聖書日課A年の福音書は、マタイによる福音書を中心に取り上げられていますが、マタイによる福音書の大きなテーマの一つは「主イエスが私たちと共にいてくださる」ということです。

 マタイによる福音書は、イエス誕生の物語の中で「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。この名は『神は我々と共におられる』という意味である。(1:23)」と記しており、また、同じマタイによる福音書の最後の場面では、甦った主イエスが弟子たちに「あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。私は世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる(28:20)」と言っておられます。

 このように、マタイによる福音書は、その始めと終わりに「共にいる神の子」を示して、その中身は主イエスが罪人と共に生きてその人々を神の御許に連れ戻す様々な行いと教えに満ちていると言えるでしょう。

 神は主イエスを通して神が私たちと共にいて下さることを示して下さいましたが、もし私たちが自分の力を頼みとして他者と共にいようとするなら、どの程度にできるのでしょうか。もし、「私はいつでも他の人と共にいることが出来ます」と言えるとすれば、その人は場の状況を読めずに相手がその人を迷惑がっていることに気付いていないだけのことなのかもしれません。

 ペトロは主イエスが十字架にお架かりになる前の晩に、受難の予告をなさる主イエスに向かって「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」とまで言い、他の弟子たちも皆同じように言いました。

 しかし、弟子たちは、イエスが捕らえられた時、イエスを残して逃げ去りました。また、ペトロは主イエスが取り調べられている大祭司の館に入り込みますが、その庭で「お前もあのイエスと一緒にいた。あの連中の仲間だろう」と問い詰められると、ペトロは呪いの言葉さえ口にしてイエスを「知らない」と言ったのでした。この箇所は、ペトロ個人のことに限らず、ペトロの物語を通して私たち人間がいかに神の御心から離れやすく、人が神と共にまた他者と共に生きることがいかに難しいのかを描き出していると言えます。

 そのような世界で、主イエスは人々を愛して関わり続け、その結果神を冒涜する者とされ、最後には権力者に扇動された民衆たちからも罵られながら、十字架に磔にされて死んでいきます。誰の目から見ても、貧しい人や悲しむ人と共に生きてきたイエスの一生がこのように終わることは納得いきません。そのイエスが十字架の上に身を曝されて息を引き取ろうとしています。このイエスのお姿が、神がイエスと共にいてくださる姿であるとは誰にも思えませんでした。神は、十字架の主イエスにはまるで無関心であるかのように、何もお答えになりません。神はこの主イエスを全く愛していないかのように、沈黙しておられます。

 イエスは叫びました。「エリ、エリ、レマサバクタニ(わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか)」。

 自分の方からは神の御心を貫き通して生きてきたのに、十字架の上で苦しむイエスに対して神の方からは何の応答もありません。こちらからは全身全霊で神とつながろうとして叫ぶのに、神からはつながりを感じさせるものは何ひとつありません。そんな中で、主イエスはなお神に向かって叫びます。神に見捨てられているようにしか見えない中で、主イエスはその絶望をなお神に向けて叫びます。何の見返りも求めず神と人を愛し続けたイエスが、十字架の上からさえ、なお人々を愛し神とつながり続けている姿がここに見えてきます。

 この言葉は、詩編第22編の冒頭の言葉です。罪人の側に回り神に見捨てられた者としての叫びの中に、神から見捨てられてもなおから離れずに罪人を神に結ぼうとする救い主の姿がここに浮かび上がります。

 私たちはよく「無償の奉仕」とか「見返りを求めない愛」ということを口にしますが、どこかで見返りを求めたり期待したりしてしまいます。たとえそれが物やお金ではなくても、「相手に喜んでもらえた」とか「お礼を言ってもらえた」とか「神は認めてくれている」とか、何らかの見返りを求めたくなります。でも、主イエスは十字架の上から、沈黙して何もお答えにならない神に、自分のぎりぎり最期の言葉を向けています。そして主イエスは何の見返りも受けることなく、そのまま息を引き取りました。

 こうして、主イエスは、全く罪のないにも関わらず、罪人として扱われ、罪人が味わうべき罵りと神との断絶を我が身に負って死んでくださいました。主イエスは罪の極みにある人が味わう苦しみと絶望をさえご自身の身にお引き受けになり、罪の極みにある人と同じ姿を取り、罪の極みにある人とも共にいてくださることを、十字架の上から示してくださいました。

 もし、私たちが他の人の罪など自分には関係無いと言えば、そこに罪が生まれ、神とも人とも断絶が深まります。かといって、罪がないのに罪人の側に立てば、本来罪なき人でも罪人のように扱われ、その罪の償いとしての罰を受けることになります。この窮地の選択の中で、主イエスは罪人の側に立ち、罪人の一人になって、その極みである十字架に付けられたのでした。

 群衆は叫びます。「神の子なら、自分を救ってみろ。十字架から降りよ。」

 祭司長や律法学者たちも長老たちと一緒に十字架のイエスを罵ります。

 「他人は救ったのに自分は救えない。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば信じてやろう。」

 人々をあっと驚かせて人々の気持ちを自分に向けさせることは、神の子の業ではなく魔術師やサタンの業です。

 主イエスが宣教の始めに荒れ野で40日をお過ごしになった時にも、サタンは「お前が神の子なら・・・」と言ってイエスを誘惑しました。主イエスは十字架の上からもこのサタンの誘惑を退け、神に向かって叫ぶことに徹して、罪人の側に廻り、神に捨てられた絶望の思いまでを罪人と共にしてくださいました。

 このイエスの中に、罪人から少しも離れずに罪人の宿命を共にして、罪人がそのまま滅びることを望まずに罪人と共に居続ける神の子の姿が少しずつ見えてくるのです。

 「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか。」

 この主イエスの叫は、救い主が罪人である私たちに代わって上げた叫びであり、罪人である私たちと一緒に上げてくださった叫びです。私たちは神に見捨てられるはずの罪人でしたが、主イエスは私たちと共に死んでくださり、死の先にまで共にいてくださり、私たちは主イエスに伴われて甦らせていただく者とされています。

 神が何もお答えにならず沈黙しておられるのは、神が私たちを見放したり見捨てたりしているからではありません。私たちが神にさえ見捨てられたと思って絶望する時にも、主イエスは私たちと共にいて下さり、私たちの絶望よりももっと深く呻き叫んでくださいます。私たちが絶望する時にも、その絶望の中でなお神に向かって叫び祈りながら御心を離れることなく生きるように、主イエスは私たちを支えていて下さいます。私たちは、主イエスの十字架に、だまし絵や隠し絵のような中に「主が共にいてくださる」しるしを見出したいのです。

 パウロは言いました。「十字架の言葉は滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です(Ⅰコリ1:18)。」

 次の主日に、私たちは主イエスの甦りを記念して、感謝の礼拝を致します。その礼拝の中で私たちは、主イエスが罪ある人々のためにご自分の命まで全てをお献げになった先に、甦られたことを感謝しその喜びに与ります。

 主イエスの十字架の死が、私たち一人ひとりの罪を赦し、どこまでも私たちと共にいてくださるしるしであることをしっかりと覚え、イエス・キリストの甦りを祝う日を感謝と喜びをもって迎えることが出来るようにこの聖週を過ごして参りましょう。

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2023年03月26日

復活であり命であるイエス   ヨハネによる福音書11:17-44  大斎節第5主日

復活であり命であるイエス   ヨハネによる福音書111744  大斎節第5主日 2023.03.26


 今日の聖書日課福音書より、ヨハネによる福音書第1125節の言葉を思い起こしましょう。

 「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。」

 私は、新約聖書の4つの福音書の中で、ヨハネによる福音書が一番分かり難いと思うのですが、その理由が幾つか考えられます。

 その一つは、他の3福音書が主イエスの教えと行いをその出来事の順に伝えているのに対して、ヨハネによる福音書は、例えばイエスがなさったしるし(奇跡)を記しながらそれにまつわるファリサイ派との論争やそれを通してイエスがどのような意味での神の子なのかということを明らかにする言葉などが続いており、ストーリーの展開よりもその議論の部分が多いことが挙げられます。

 また、もう一つその理由を挙げるとすれば、主イエスが語ってる言葉が、例えば「水」、「光」、「パン」など、主イエスがそのモノについて語っているうちにそれが比喩的、象徴的に用いられるようになり、その解釈をふくめて、内容を理解することに手間取る場合も多いからなのではないでしょう。

 ある聖書学者は、この神話を私たちの生活の脈絡の中に絶えず再解釈していかねばならないと言います。

 聖餐式聖書日課A年の福音書は、大斎節第2主日から第5主日まで、ヨハネによる福音書から、主イエスと出会って主イエスを救い主として受け容れてその信仰を公にするに至った人たちが取り上げられてきました。

 振り返ってみると、大斎節第2主日はユダヤ教の教師で議員のニコデモ、第3主日は水を汲みに来たサマリアの女、第4主日は生まれつきの盲人、そして今日は兄弟ラザロの復活に与ったマルタとマリアの物語です。

 私たちは、今日の福音書「ラザロの甦り」からメッセージを受けるに当たり、心に留めておきたいことがあります。その一つはここで主イエスが言っておられる「死んでも生きる」とか「いつまでも死なない」ということは、生物としての細胞が死なない事を意味しているのではないということ、もう一つは主イエスを信じることは肉体の不老不死を約束されているのではないということです。

 私は、今日の聖書日課福音書の箇所(ことに冒頭に思い起こした11:25の箇所)を読むと、いつも思い出す小さな文章があります。それは今から30年近く前にある教会の機関誌に掲載されていた若いお母さん信徒の文章で、要旨は次のようなことです。

 ある時、子どもが母親に不安そうに尋ねました。「ねえ、お母さん。私たちはイエスさまを信じているから死なないのでしょう?そうしたらおばあちゃんも死なないの?」子どもの唐突な質問に、母親が戸惑っていると子どもは話を続けます。お祖母ちゃんは年老いた上に病気になり、しかも体に痛みが走り、小さな子ども()の目から見てもお祖母ちゃんの体が日に日に弱っていくのが分かります。この子どもにはお祖母ちゃんがとても可哀想に思えます。このお祖母ちゃんがこのまま生き続けるのだとしたら、主イエスが「私を信じる者は決して死ぬことはない」と言っていることは、喜びではなく拷問でしかないように思えるのです。その一方、お祖母ちゃんが死ぬことは神から見放されることなのかとこの少女は悩みました。我が子がこのようなことを話してくれたことをきっかけに、その母親は、お祖母ちゃんはやがて神さまに迎えていただくことになり、痛みからも解放されて平安に迎えていただけることを話し、親子で心を通わせることが出来たということでした。

 この事例から考えてみると分かるように、マルタとマリアが「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに。」と言っていることは、人の体がどんなによぼよぼになってもいつまでも生理学的に生き続けるべきだなどと言うことではありません。そうではなく、ラザロがこの世に生きた事全てが主イエスに受け容れられ、ラザロが主イエスをとおして神の御前に永遠に生きるということです。

 マルタとマリアには、自分の兄弟ラザロが臨終の時に主イエスがその場に居合わせなかったことはどんなに心細く辛く悲しかったことでしょう。それは、ラザロを看取ったマルタとマリアにとってばかりではなく、主イエスが共にいないまま死んでいくラザロにとっても同じでした。

 ヨハネによる福音書第11章1節には、ラザロは何か病気であったと記されています。当時、病気は本人なり先祖なりが犯した罪の結果が体に現れていることと考えられていました。そうであれば、ラザロの死は永遠の滅びを意味します。

 今日の聖書日課福音書は、主イエスのいない世界がいかに簡単に死に支配されてしまうか、しかも4日も経てば死の臭いが放たれ、ラザロは永久にその存在が失われることになることを伝えています。

 今日の福音書の中で、マルタとマリアがラザロの死を嘆き悲しむ様を見て、主イエスは「心に憤りを覚え(11:33)」たと記しています。主イエスは、ラザロのこの世での生涯が終わったことを憤っておられるのではありません。そうではなく、死がラザロと主イエスとの関わりをも過去のモノにしてしまうかのように人々に思わせていること、人々がイエスとラザロの関係もそこで途切れてしまったがのように考えてラザロを墓に納めてそれで終わりにしていること、そして人々をそのように向かわせる死の支配のことを主イエスは憤っておられるのでしょう。

 先主日、私たちは主イエスが生まれつき目の見えなかった人の目を開かれた物語から、主イエスが「この人の目が生まれつき見えなかったのは「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人の現れるためである(9:3)」と言ってその人を癒やした箇所から学びました。このラザロの場合も同じで、主イエスは墓に納められたラザロを通して神のみ業を現す働きをなさるのです。

 神の大きな愛の前では死は無力であるはずです。それなのに、死は人々に神の愛を忘れさせ、人々は神の愛が死に対して無力であるかのように思い込んでいる様子がラザロを取り巻く人々には覗えます。

 私たちも自分が神から愛されていることを忘れ、神に愛されている自分を見失っているとしたら、たとえ生物としての命は生きていても神から与えられた掛け替えのない人としての命を生きているとは言えないでしょう。主イエスが憤っておられるのは、人を滅びへと向かわせる罪に対してであり、また死の前に無力になってただ嘆くしかない人々の不信仰に対してであったと言えます。

 主イエスはラザロの墓の前で大声で叫びました。

 「ラザロ、出てきなさい(11:43)」。

 すると、ラザロが墓から出てきました。ラザロは死の中に留め置かれるのではなく、主イエスによって新しく生かされています。ラザロの生涯は、墓に納められて終止符を打ったのではありません。ラザロは主イエスに覚えられ、愛され、祝されて、罪と死の定めから解き放たれて主イエスによって生かされています。

 主イエスは、「わたしは復活であり、命である(11:25)」と言っておられます。この言葉は「わたしは、たとえラザロが(あるいは誰であれ信じる者が)肉体的には死ぬとしても、その人を永遠に生かす力である」という意味です。そして、福音記者ヨハネは、「主イエスが、この世の人間を愛し抜いてくださり、この主イエスが神の愛の中に私たちを包み込んでくださって、私たちがこの世に生きた証を不滅のものにしてくださる」ということを伝えて、その信仰へと私たちを招いておられます。

 主イエスは、十字架の上にご自身を献げて、罪の内に死ぬほかなかった私たちを愛し抜いてくださいました。私たちは、主イエスの愛によって、死の先にまでなお神と結ばれて生きる恵みいただきました。その確かなしるしとして主イエスは甦り、私たちの先駆けとなってくださいました。

 私たちが自分中心に生きれば、私たちの命はこの世での死によって終わります。しかし、主イエスに生かされる命-つまり私たちをどこまでも愛し抜いてくださる神の力によって生かされる命-は、この世の死で終わりません。死を越えて墓の中からさえ私たちを立ち上がらせ、私たちは滅びることなく生かされるのです。

 主イエスは、主イエスによって現された神の愛に導かれ、主イエスが示してくださった復活の命をいただくことが出来るよう、信仰の道を-わたしたちが主イエスの愛にしっかりと結ばれて生かされている確信を-より深く堅固にすることが出来るよう主イエスに導かれて、歩んで参りましょう。

 そして、ご自身が甦って死の先の道を示してくださった主イエスのご復活の日を、喜びと感謝をもって迎えられるよう、私たちの信仰を確かなものとしていくことができますように。

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2023年03月19日

その人を通して主の業が   ヨハネによる福音書9:1-38  大斎節第4主日

その人を通して主の業が       ヨハネによる福音書9:1-38  大斎節第4主日  2023.03.19

   大斎節第4主日を迎え、大斎節も後半に入っています。

 今日の聖餐式の聖書日課福音書は、先々週はニコデモ、先週はサマリアの女、そしてこの主日は生まれつき目が見えなかった人の物語を取り上げ、それぞれ主イエスとの出会いを通して主イエスを救い主と信じるに至る事例を学んでいます。

 それぞれの人が主イエスが救い主であることを公に言い表すに至るのですが、当時のイスラエルの状況を考えると、そのように主イエスを救い主(メシア)であると告白することは、とても厳しい状況に立たされる可能性のある中でのことであったことを先ず心を止めておきたいと思います。

 今日の聖書日課福音書では、生まれつきの盲人が主イエスによって目が開かれたことで、当時のイスラエルの権力者たち罪人と決めつけられ、会堂から追放される様子を描き出しています。

 生まれつき目の見えない人が道端で物乞いをしていました。この人の前を主イエスと弟子たちが通り過ぎようとしています。この盲人に、イエスと弟子たちが話している声が聞こえてきたことでしょう。

 「先生、この人が生まれつき目が見えないのは、誰が罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」

 そう考えるのが当たり前の時代でした。この盲人は当然のように自分を罪人であると思い、罪の結果が、あるいは自分の先祖の罪が、自分の身に現れ出ているのだと考えていました。ところが、主イエスは弟子たちに、誰も予想していなかった事を教えておられるのです。

 「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」

 この盲人は、これまで「神の業が現れる」ことは神殿で働く位の高い人や学者たちが教えを説くことで起こると思っていたことでしょう。自分のように目が見えないのは罪の結果が体に現れ、神から受けた罰がこのような徴になっていると考えたことでしょう。盲人は自分でも自分を「罪人」とし、誰も見向きもしないような人間に「神の業が現れる」ことなど関係ないことだと思って生きてきたことでしょう。

 主イエスはこの盲人に近付き、唾でこねた泥をこの人の目に塗り、「シロアムの池に行って洗うよう」にと言ってくださいました。唾でこねた泥を目に塗ることはその当時の目を癒す方法として行われていたようです。また、シロアムの池は、エルサレムの南端にある歴史的な人工の池です。ユダヤ教のしきたりに拠れば汚れからの回復を祭司が認定してその宣言を受けた人が清めの式を行う場所でした。しかし、この物乞いをする盲人は、主イエスに言われたとおり、直接シロアムの池に行って洗うと、見えるようになって帰っていきました。

 この物乞いをしていた元盲人にとっては、それで十分でした。

 ところが、イスラエルの権力者たち-ユダヤ教の指導者たち-は、目が見えるようになったこの人のことを喜びませんでした。彼らは、見えない人の目が開けてもそれを神の業とは捉えようとせず、目が開けた喜びを分かち合おうともしませんでした。なぜなら、主イエスがこの盲人の目を開いたのは安息日であり(14)、またこの盲人の目が開かれたのは、先ほど少し触れたように、ユダヤ教の細則や習慣に相応しいプロセスを経ていなかったのです。

 そのために、権力者たちやファリサイ派は、見えるようになったこの人を調べます。イスラエルの権力者たちは、神の救いに関する営みは自分たちの手の中にあり、その外にあってはならないと考えて、この人に関わります。目が開けたこの人には、イスラエルの権力者たちが主イエスの働きを理解しようとせず、起こった出来事を認めようとしないことがよく分かりました。自分の身に起きた救いの業の事実を曲げて彼らの言いなりにならない限り、権力者たちの追求は止まないことも、彼にはよく分かりました。そして事実とは違う権力者たちの言い分に「あなた方の言うとおりです」と言わなければ、この人を追求と糾弾が終わらないことも、この目の開かれた人にはよく分かりました。こうした関わりの中で、誰が目の見えない自分を憐れんで目を開けてくれたのかが一層はっきりしてきます。

 イスラエルの権力者たちにとり調べられている間、目を開かれたこの人は妥協せず、ただ率直に自分の身に起こった事実をありのままに話しました。しかし、権力者たちはこの人に向かって、イエスが律法に違反してこの汚れた男に関わったことに同意を迫り、イエスがこの人の目を開いた業は違法行為であると言わせるために様々な圧力をかけてきます。この人がそうした圧力に屈することなく、自分の身に起こった事実のみを語ることに苛立ちます。

 そして、目を開かれたこの人が「あの方が神のもとから来られたのでなければ、何もおできにならなかったはずです(33)」と答えたのをきっかけに、神殿の指導者たちはこの人を律法に相応しくない者と決めつけて、神殿から追放してしまうのです。

 「お前は全く罪の中に生まれたのに、我々に教えようというのか。(36)

 追放された後、この人は、主イエスにお会いし、自分の目で主イエスを見る時が与えられました。この人は自分の目で主イエスを見て、次第に自分を通して神の業を現してくださった主イエスを人の子(つまり救い主)であると信じるようになり、主イエスの前に跪く事へと導かれていきました。

 今日の福音書の物語をよく見ていくと、かつて盲人であったこの人が主イエスどのように理解していったのか、その変化を読み取ることができます。

 この人は、自分がどのようにして目が見えるようになったかを説明する時、11節で「イエスという方が・・・」と言っている事からも分かるように、この人にとってのイエスはまだ関係の薄い存在でした。それが、権力者たちに答えたりしていくうちに、17節では「あの方は預言者です」と言い、神の言葉を与る人でなければこうした働きはできないと言っています。

 こうした言葉にユダヤ教の指導者たちは次第に苛立ち始め、「我々はモーセの弟子だ。あのイエスという男はどこから来てどんな権威によってそのような働きをしているのか」と怒るように言います。しかし、目を開かれたこの人は、生まれつき目の見えなかった自分の目が開かれたのは本当のことであってこれまで誰もそのようにしてはくれなかったが、あのイエスという男は私の目を開いてくださったのであり、そうであれば「あの方は神のもとから来られた(933)」と言うのです。

 これによって、この男はユダヤ教の指導者たちからモーセの権威を蔑んだものとして神殿から追放されることになります。34節の「お前は全く罪の中に生まれたのに、我々に教えようというのか」というユダヤ教指導者たちの言葉は彼らが自分たちの面目を保つのに躍起になって、この人の目が開かれたことを認めようとしない高慢な姿がみられます。また、この男を「外に追い出した」とは、単に建物の外で追い出したと言うことではなく、彼を神殿の交わりから追放したことであり、イエスによって目を開けられたこの人が迫害され、当時の社会での交わりを絶たれたことを意味する言葉なのです。

 主イエスは、目を開いたこの人が神殿から追い出されたことをお聞きになり、この人にお会いしました。この男は、耳でその声を聞いて自分の目に触れてくださったことでしか知らなかった主イエスを見て、その声を確かめます。

 そして主イエスの人の子(メシア)を信じるかという問いに、36節で「主よ、信じます」と信仰を告白し、主イエスの前に跪くことへと導かれています。

 今日の福音書の箇所は、目の見えなかったこの人が主イエスの前に跪く場面で終わっていますが、更に41節まで読み進めると、主イエスはファリサイ派の人々にこう言っておられます。

 「見えなかったのであれば、罪はなかったであろう。しかし、今、『見える』とあなたたちは言っている。だから、あなたたちの罪は残る。」

 主イエスが「見える」と言う時、視力があるかどうかを問題にしているのではく、神の御心を見る目があるか、霊的に見えているかを問うておられることは明らかです。そのような視点で権力者たちの言動を見てみると、彼らは、自分を正しい者の側、救われている者の側に置いて、物乞いをする盲人の目が開かれたことを喜びとせず、その人の目が見えるようになった事実さえ認めようとしていません。

 ユダヤ教の指導者たちは、その民を導き神の道を説く立場にありながら、自分を守ることに拘り続け、それ以外に「神の働きのしるし」を見ようとしませんでした。彼らは律法の細則に照らして人々を評価するだけで、盲人が見えるようになった事実を認めようとせず、目が開かれたその人を神殿から追放してしまいました。

 主イエスは、そうしたユダヤ教指導者たちの在り方を「『見える』とあなたたちは言っている。だから、あなたたちの罪は残る。」と厳しく指摘しておられるのです。

 福音記者ヨハネは、主イエスが盲目の物乞いであった人を通して現わした神の業を伝えています。私たちも、この世の無理解や偏見、時には嫌がらせや迫害などに遭いながらも、主イエスに伴われ導かれて、本当のこと、正しいことへ向かい、そこから「主よ、あなたを救い主と信じます」と告白することへと招かれています。

 教会暦は、大斎節も後半に入り、主イエスの十字架へ、復活へと向かいます。私たちは主イエスによって信仰の目を開かれ、また「神の業」が自分を通して現れる器とされるように祈り求めて参りましょう。


(1) 2023.03.19 大斎節第4主日説教 ヨハネによる福音書第9章1節〜13節(小野寺司祭による) - YouTube

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2023年03月13日

命の水を受ける  ヨハネによる福音書4:5-42  大斎節第3主日

命の水を受ける  ヨハネによる福音書4:5-42  大斎節第3主日  2023.03.12


 今日の聖書日課福音書は、主イエスとサマリア地方の女の人が出会い、言葉を交わし合ってる箇所が取り上げられています。今日の聖書日課福音書の箇所は聖餐式の中で拝読する箇所としてはかなり長い部分であり、また多くの内容が含まれています。今日はその中から特にこのサマリアの女が主イエスと出会って自分を取り戻していく様子に焦点を当てて振り返り、私たちもこの福音書から主イエスの導きを受けて生きるように歩ませていただきたいと思います。

 主イエスと弟子たちの一行は、旅の途中でサマリア地方を通りました。サマリアのシカルという町に来られた時、主イエスは旅に疲れ、町の井戸のそばに座って休んでおられました。時は丁度昼頃です。

 そこに、この地方の町に住むサマリアの女が水を汲みにやってきました。当時の人たちは、今の私たちのように水道設備が整った中で生活をしているわけではありませんでした。水汲みは、女の人たちにとって当たり前の日々の働きでした。でも、水汲みは朝か夕方の仕事であり、普通はこのように日中に水汲みをすることはないはずなのです。このような時刻に水汲みをするこの人には、そうしなくてはならない事情なり思いがあるのです。もしかしたら、この女性は、他の人たちを避けて、誰にも会わないで済むように、このような日中の時間をねらって水を汲みに来たのかも知れません。

 その当時、ユダヤ人とサマリア人は交際がありませんでした。その分裂を産み出したイスラエルの歴史を簡単に振り返ってみましょう。

 イスラエルは紀元前1020年の頃、それまでの部族連合から王国となり、紀元前1000年に即位したダビデの時代にその王国はエルサレムを中心にした統一した国になりました。ダビデの子であり後継者であったソロモンが死ぬと、紀元前922年にイスラエル王国は南北(北イスラエルと南ユダの国)に分裂してしまいます。その時に、北イスラエルでは南ユダ国のエルサレム神殿に対抗する形でゲリジム山を聖なる場所に定めて独自の礼拝をするようになっていきます。それから200年後の紀元前722年に、北イスラエル国はアッシリア帝国に占領され滅ぼされてしまいます、そして、多くのイスラエル人が捕虜となってニネベに連行されていきますが、アッシリアの王は、サマリア地方に他民族の人々を入植させ、その地で他民族の人の結婚するように強制されるものもあって、サマリア地方の人々は生粋のユダヤ人から激しく嫌われるようになります。ユダヤ人はサマリア人を軽蔑し、サマリア人のゲリジム山での礼拝を認めず、彼らを異端視するようになりました。サマリア地方はイスラエル全体のほぼ中央部であり、このように国を分断して国力をそぐことは支配する外国の王たちの策略でもあったのです。イスラエル中央部のサマリアの人々と、南部のユダヤ地方の人々は、いわば近親憎悪とも言える関係になっていました。

 主イエスは水を汲みに来たサマリアの女性に、静かに声をおかけになりました。「水を飲ませてください。」

 サマリアの女は驚き戸惑って主イエスに尋ねます。「どうしてユダヤ人であるあなたが、サマリアの女である私に水を飲ませてくださいなどと頼むのですか。」

 こうして主イエスとサマリアの女の間に会話が始まります。その中で主イエスは言われました。「あなたと話している私が誰であるかを知っていたら、あなたの方から私に生きた水を求め、私はあなたにそれを与えるでしょう。」

 サマリアの女はこの言葉を聞いてもその意味が分からず、初めのうち二人の会話はすれ違い、イエスに応じるこの女性の言葉は的はずれでした。でも、二人の会話を通して主イエスの言葉は次第にこの女の心の奥深い思いと触れ合っうようになります。

 このサマリアの女は、過去に5人の夫を持ち、今は夫とは呼べない男と連れ添う身でした。主イエスには、そのような女の人が自分に向けられる周りの人の視線や罵りの言葉を避けるために、昼日中にこっそりと水を汲みに来る思いが痛いほど分かったのでしょう。

 主イエスは更に言葉を続けます。「こうしたサマリアの女であるあなたも私たちユダヤ人も、何の区別も差別もなく心を一つにしてありのままの自分を神にお捧げして礼拝をする時が来ている。今がその時なのだ。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。」と、主イエスはこのサマリアの女に言うのです。そして「今あなたの目の前でこうして話しているこの私が救い主なのだ」と言っておられます。

 こうしてこのサマリアの女は「生きた水」である主イエスと出会い、本当のありのままの自分に気付き、自分を取り戻し、喜びと感謝を持って神を礼拝する者へと変えられていくのです。

 私たちも、誰もが皆、このサマリアの女のように、心の内に飢え乾く所があります。自分を人目につかないようにそっとその渇きを満たしたくなるし、渇きを潤したいと思ってしまいます。でも、私たちが自分の力だけで自分を癒そう、満足させようとした時、多くの場合ますます独りよがりになったり、自分の本当の気持ちとはかけ離れた事までしてしまい、ますます神の御心から離れ、他の人とのズレや壁を厚くしてしまうのです。このサマリアの女も、ユダヤ人からはサマリア人として差別され、同じサマリア人からはまともに生きられない女として蔑まれ、いつの間にかまともに人と目を合わせて会話することもなく生きるようになっていたことでしょう。こうした生活の中で心を固くして独りで自分を守る他なかった人が、主イエスに出会い、主イエスとの対話によって、疑いと頑なな心が解きほぐされ、癒されて、自分の本心に触れ、次第に自分を回復していくのです。

 このサマリアの女が自分を取り戻して生きていくためには、主イエスによって受け容れられることが必要でした。同じサマリア人からさえ汚れた女として除け者にされてしまうようなこの人から、主イエスは水を飲もうとしました。この女は主イエスに声をかけられた時、戸惑いの中にも、自分を認めてくださったこのお方に心を動かされたに違いありません。そしてそればかりではなく、主イエスがこの人の全てを知っておられ、しかも自分でも隠しておきたい過去があるにもかかわらず、主イエスはそのことをもよくご存知の上でこの人を蔑むことなく、「あなたと共に一つの神に礼拝する時が今来ている」とまで言ってくださるのです。このようにして主イエスによって自分が生きていることを受け容れられ、慈しまれて、初めてこのサマリアの女は自分を取り戻して生きることが出来るようになっていきます。

 イスラエルの民とサマリアの人々が互いに相手を敵視して心を頑なにする状況の中で、主イエスは双方の人々が共に神を礼拝することへと導いておられます。主イエスがこの女の人に「生きる水」を与えようと言われた水は、乾ききって頑なになった人の心を溶かして育む命の水であると言えるでしょう。

 今日の聖書日課福音書で、主イエスは、私たちもこのサマリアの女と同じように、主イエスのお与え下さる交わりの中に生かされ、主イエスとの対話の中で御言葉に導かれて生きるように招いておられます。

 このサマリアの女性は、はじめのうちは他の人々に会うことを避けていましたが、主イエスと出会って、水瓶をそこに置いたまま町の人々の中に入って行って、自分に命の水を与えてくださった主イエスのことを人々に伝えるようになりました。そして、多くの人が彼女の語ったことによって主イエスを信じるようになりました。自分が主イエスによって救われていることを人々の前で証することによって、サマリアのシカルの町には主イエスを救い主と信じる人々がたくさん生まれています。シカルの町の人々は、この女性が生まれ変わった体験を聞くことをきっかけにして、更に実際に主イエスと出会い、伝えられて信じる段階から実際に主イエスに出会って信じる事へとその信仰を確かなものにしていきます。そして、正統な礼拝は、エルサレム神殿かゲリジム山の聖所かと言う次元を超えて、つまり民族の違いを超えて、すべての人がどこにいても主イエスの名によって心を一つにして礼拝をすることへと導かれていきます。

 私たちも、今、主イエスを記念するこの礼拝に招かれ集っています。主イエスのみ言葉と聖餐を通して育まれ、導かれ、心の奥底から新しくされて、喜んで人々に主イエスを証していく者へと育まれていきましょう。

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