2021年07月21日

56.40 τεσσερακοντα (テッセラコンタ)

40 τεσσερακοντα (テッセラコンタ)

 聖書に出てくる「40」という数を取り上げましょう。

 私の神学院入学試験の時、「聖書」の小問に「聖書に記されている40に関する出来事や物語を5つ挙げなさい」という問題がありました。私は、「荒れ野の40日:イエスが断食してサタンの誘惑を退けるに至る期間(マタイ4:2他)」、「40年:イスラエルの民がエジプトを脱出して荒れ野を放浪した期間((出エジ24:18,34:28,申命9:9)」まではスラスラと記して鉛筆が止ってしまい、「さて、あと何が・・・」。いざとなると急に浮かばなくなり、「約40年:エレミヤの宣教期間」と書き、「40に一つ足りない鞭:パウロがユダヤ人に鞭打たれた経験を記している数(Ⅱコリント11:24)。」を書こうかどうか迷った末に、なぜか「苦し紛れにこんなことまで書くか!」と思われそうな気がして、それは書きませんでした。

 上記の前者二つの他に挙げてみると、「旧約聖書」ではノアの箱舟物語の降雨期間(創世7:10、7:17,8:6)、モーセが十戒を受けるときにシナイ山中にいた期間(出エジ24:18)、エリヤがホレブに逃走する期間(列王上19:8)などの箇所がありますし、新約聖書ではイエスの復活から昇天までの日数(使徒1:3)が挙げられます。

 このように聖書の中の「40」という数に注目してみると、この数字にはある象徴的な意味が含まれているように思えてきませんか?

 象徴的な意味のひとつは「徹底」です。イエスは宣教の始めにあたり40日40夜を断食して過ごしますが、その期間を通して悪魔の誘惑を退けています。マタイ、マルコ、ルカの3福音書ともこの時の「荒れ野のイエス」について「40日間」を明記しています。また、旧約聖書ノアの洪水の降雨期間についても、神はこの世の悪と罪を徹底して否定しておられることがこの数字によって表現されています。このことは徹底であることに加えて、出エジプトの放浪の40年なども合わせて考えると、「うんざりするほどの期間」という意味がこめられているように思えます。

 もう一つ、「40」には「転換期」という意味があるのではないでしょうか。ノアの箱舟物語で神が洪水によって新しい世界をもたらそうとした降雨の期間、奴隷とされていたイスラエル民族が約束の地に入っていくまでの放浪の期間、主イエスがこれまでの血縁家族の生活から公生涯へと移っていくために断食して備えた日数、地上での生涯を終えたイエスが昇天してユダヤに限らず世界を支配する救い主になっていく期間などを考えると、「40」の持つ転換期としての意味が見えてきますし、これらの「40」の後、場面は次のステージに入っていきます。

 このように「40」は聖書の中で特別な意味をこめて用いられる数です。

 神学院入試の時、もし私が[パウロが受けた40にひとつ足りない鞭打ちの数]と解答していたら、それは得点になったでしょうか。想像するに、その答案を見た某先生はニヤリとして○でも×でもない△を付けたのではないかと思います。

 聖書の中では40の他に、7、8、12などにも特別な意味がこめられています。拾い出してどんな意味があるか考えてみてはいかがでしょう。

posted by 聖ルカ住人 at 21:12| Comment(0) | 聖書のキーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください