2023年10月11日

光を受けて (愛恩便り 2015年8月)

光を受けて          

神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。

神は光を見て、良しとされた。(創世記1:3-4)


 「早寝早起き朝ご飯」。この言葉は、平成18年に文部科学省が提唱した国民の健康維持増進運動のためのキャッチフレーズです。この言葉には、規則正しい生活の中で、適切な運動、十分な休養・睡眠、調和のとれた食事をとることが健康の維持と増進のための大切な要件であることがうたわれています。

 わたしは、各ご家庭でこうした基本的な生活習慣を大切にしつつ、子どもたちがこの夏休みの間にたくさん自然と交わり、その経験をご家族で豊かに共有することが出来るように願っています。

 今号では、「光」のことを、特に陽の光が人の生活リズムをつくって健康を増進するうえでとても大切であることを、記したいと思います。

一日は24時間ですが、人の体内時計の周期はそれと同じではなく、もし人が陽の当たらない一定の条件の中で過ごし続けていると、人の眠りたい時間帯と活動したい時間帯の間にはズレを起こしはじめ、食事、睡眠、排泄などをはじめとする体内のリズムも次第に乱れてしまうのです。そして、こうした人の生活リズムの乱れを修正するのにとても大切や役割を果たしているのが陽の光なのです。

 特に、朝の光を受けると、人の脳はセロトニンという脳内ホルモンが活発に分泌されてスッキリと覚醒し、体内のリズムがリセットされ、物事に取り組む意欲や集中力も高まります。その一方、人は夜になるとメラトニンというホルモンが分泌されて眠くなるのですが、このメラトニンはセロトニンを材料にしてつくられるので、よい睡眠をとるためには日中に陽の光を受けてよく体を動かすことが大切になります。

 つまり、わたしたちは、朝の光を受けて、体を動かして活動する時間を設けることで、夜にはメラトニンがたっぷりと合成されて質の良い睡眠をとることが出来るのです。このように、わたしたちの心身の健康は、早寝早起きをして適切な食事と運動によって増進されていくのです。

 長い夏休みを過ごします。

 聖書には、神さまがこの世界を「光あれ」から始めて丁寧にお造りになり、これを「良し」として祝福されたことが記されています。わたしたちが陽の光を受けて自然と遊ぶことは、神さまの思いと触れ合うことにつながります。夏休みの間も、毎日少しずつでも陽の光を浴びて、できることならたくさんの自然と触れ合うことができますように。そのためにも、ぜひ各ご家庭で「早寝早起き朝ご飯」を励行してたくさん遊び、9月に元気に顔を合わせることが出来るように祈っています。

 また、幼稚園では夏期の預かり保育も行っています。ご家庭の都合の限らず、子どもたちの生活を規則正しいものとして維持し、友だちとの活動経験を積み重ねていくためにも長期休暇中の預かり保育をぜひご活用ください。

posted by 聖ルカ住人 at 09:39| Comment(0) | 幼稚園だより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

共に育つ (愛恩便り 2015年7月)

共に育つ

  

主はわたしたちを造られた。

わたしたちは主のもの、その民                               

主に養われる羊の群れ。(詩編 第100章3節)


 例えば、砂場遊びをするにしても、入園当初の子どもたちは、あまり他児との関係をもたずに、それぞれが独りで同じような遊びをしていました。いわゆる「並行遊び」の段階です。この時期の子どもたちは、友だちに関心を示して同じ場所で遊ぶのですが、まだお互いに役割を分担するような段階には至っていません。ですから、一つしかない遊具を二人が使いたくなると、その遊具を引っ張り合って、取られてしまった子どもはそこで泣き出すということもしばしば見られました。

 しかし、2,3ヵ月経つうちに、子どもたちは、少しずつ、友だちと関係を結びはじめます。他の子どもが使っている遊具を使いたくなったら、「貸して」と言ったり、「使っていい?」と尋ねたり、少しずつ相手を配慮するようにもなってくるのです。

 子どもたちは、遊びを通してそのような対人関係の技術(スキル)を体得していきますが、それだけではなく、子どもたちは自分の経験の幅を広げることにより他者を理解する力をも身に付けているのです。

 自分が使っていた遊具をいきなり横取りされて、戸惑ったり腹が立ったり悲しくなったこと。「貸してくれる?」と尋ねられて「うん」と答えたら、相手が喜んで「ありがとう」と言ってくれたこと。こちらから「貸して」と言ったのに「だめ」と言われて残念だったり、気持ちよく「良いよ」と言ってくれて嬉しかったり、等々の経験を子どもたちは重ねています。

 子どもが友だちと遊び、そこで経験することの一つひとつが子どもの心の幅を拡げます。そして、経験の幅が拡がっていくことは、他の子どもの様子や気持ちを理解して適切に関わる力を育てることにつながります。

 わたしたちは神の民です。上に記したことは、人が主なる神に導かれ養われることの具体例の一つであると言えます。わたしたちは子どもに関わる者として、子どもたちも神の民として生き、テレビ画面や液晶画面に向かって独りで遊ぶことでは得られないたくさんの経験を積み、優しさやたくましさを育み、社会性を身につけていくことを願っています。

 子どもたちが、幼稚園でもご家庭でも、仲間とたくさんの良い経験を重ね、主なる神さまに養っていただくことができますように。

posted by 聖ルカ住人 at 00:45| Comment(0) | 幼稚園だより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする