2022年12月27日

御国がきますように

み国が来ますように

「御国がきますように。御心が行われますように、天におけるように地にも。」マタイによる福音書第6章10節

 教会で古くから伝えられてきた祈りに「主の祈り」があります。「聖書」の中でイエスさまが弟子たちに教えた祈りとして記されており、今では世界各国の言葉に訳されています。愛隣幼稚園では日本語で唱えていますが、世界で二〇〇〇年にわたって唱えられてきた祈りであり、この祈りは「世界を包む祈り」であると言えます。

 この「主の祈り」の中に「み国が来ますように」という言葉があります。私たちの生きているこの世界に「み国(天の国)」が来るとは、どこか特別の地域を区切ってそこが神の領土であると宣言するようなことではなく、私たちが生活している直中に「そこには確かに神が共にいてくださる」という姿が現れ出ることであり、神さまのお考えになっている姿がそこに現れ出るということなのです。

 そうであれば、私たちが「み国が来ますように」と祈ることは、私たちがじっとしていれば神さまがそのような理想の世界をもたらしてくれるということではなく、私たちを天の国を実現させる器として神さまに用いていただけますように、と言うことであることが分かるでしょう。

 愛隣幼稚園では日々の祈りの中で「主の祈り」を唱えまた歌っています。「主の祈り」を日々捧げながら過ごしてきた子どもたちが、やがて大きく育ち、み国の実現の働き人になって欲しいと思います。それは、大袈裟なことではなく、自分の家族や友人を愛することや、自分の仕事を通して社会や隣人のために尽くすことなど、一見平凡でありながら地道に神さまの御心を実践するところから始まる働きであるように思います。

 神さまに向けて祈る愛の心と、自分の隣り人を大切にできる愛の心は、十字架の縦の棒と横の棒に例えられます。この両者がしっかりと組み合わされて十字架ができます。

 3月です。年間最後の月です。主イエスさまの十字架を思いつつ、「み国が来ますように」と心から祈り、いつかは子どもたちがみ国の実現のために働く人に大きく羽ばたくことを夢見ながら、子どもたちと共に育っていきたいと思います。

(「あいりんだより」2008年3月)

posted by 聖ルカ住人 at 17:51| Comment(0) | 幼稚園だより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

天に一人を送る 12月26日

 去る12月18日に、敬愛する信徒Y兄が逝去され、今日、志木聖母教会で葬送式が行われた。
 私は、式服持参で式に参列し使徒書を朗読させていただいた。  
 Y兄は、私が7年間チャプレンとして出向した立教小学校で、当時読書課の先生をしながら教務の中枢を担っておられ、前教頭退任の後には、教頭もなさった。
 そのような「肩書き」は、私が報告するまでもないが、個人的な思い出も沢山ある。
 私の執事按手式の時には、Y兄が教区の文書部長をしておられ、式の中で沢山撮った写真をまとめてファイルにしてプレゼントして下さった。私が立教小学校に赴任した4月に、まだ荷物整理をしている合間に家族で初めて小学校を訪ねたとき、たまたま校門辺りにおられたY兄は正門をくぐる私たち家族を嬉しそうに手を振って迎えてくれた。読書研究会のメンバーに私を加えて下さり、先生方と学び色々な本と出会わせてくださった。定年前に他校の校長として招かれたY兄は、送別会には「アカペラで・・」と言って「名月赤城山」を披露して下さった。
 本日の葬送式の後で、喪主の親族のご挨拶の中で、Y兄は施設で過ごした最後の頃も聖歌や立教大学応援歌『行け!立教健児』を歌うと嬉しそうにしていた、と言っておられた。
 そのご挨拶を聞きつつ、私も昔のことを思い出した。そして、お別れのお花入れの時に、「Y先生には、立教小学校で3年生までお世話になった二男のことも応援していただきました。二男はその後慶應大学に進み野球をやっていたのですが、先生はご自分の手帳に慶應の塾歌を書いているのを見せて下さって、二男を応援して下さっていて、とても嬉しかったです。」と、こちらからもご遺族にご挨拶申し上げた。
 二男がちょうど現役大学生選手だった頃、たまたまお会いしたときに私が持っていた慶應のユニフォーム型の小さなストラップY兄にお渡ししたことがあり、その時にもY先生はとても喜んでおられたことも思い出した。また数年経って「息子は今筑波の大学院に行って、野球のことで論文を修士論文を書いています」とお伝えした時にも、「それじゃ僕の後輩だ」と嬉しそうだった(Y兄は東京教育大のご出身であった)。
 息子たちが小学生だったときのこと、Y先生が「Mくん(私の長男)が「ユングの本ありますか」と言ってきてビックリしましたよ」と楽しそうに笑っておられたことも懐かしい。抽選に当たった『モモ』100万冊記念シンポジウムにご一緒に行ってくださり、河合隼雄氏の話や小学生女児の作文朗読を堪能したこともY兄と共有した豊かな思い出である。
 教区の諸行事が志木聖母教会で行われることが多く、いろいろな会合のおりにY兄にお会いすると、いつも「3人の息子さん、お元気ですか。どうしてますか?」と聞いてくれて、それぞれの様子を話すのを嬉しそうに聞いてくれていて、こちらも嬉しかった。
 几帳面であったY兄は、ご自分の葬儀のことなどを含め、ご自分の願いや希望をしっかりと書き残してご遺族に託しておられたと聞いた。
 一件堅物のように思う人も多かったが、Y兄は信仰に基づいた強さを据えつつ、実は少しお茶目な人だったと私は思っている。
 心から、Y兄の天国での平安を祈る。
posted by 聖ルカ住人 at 14:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする