2022年12月21日

温かな視線を交わし合う 2008年2月

温かな視線を交わし合う 

 キリストに結ばれて歩みなさい。(コロサイの信徒への手紙第2章6b節)

 親子関係は、赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいるときから始まっています。新生児はまだ目がよく見えないと言われた時期もありましたが、私の子育て体験から言うと、赤ちゃんは(どの程度かは別として)かなり目が見えているという実感を持っていますが、皆さんはいかがでしょうか。例えば、生まれたばかりの赤ちゃんは、少なくとも目の前の三十㎝ほどの距離でサッカーボールほどの大きさのものは認識できることが分かっています。それは、ちょうど大人が赤ちゃんを抱っこしたときに、大人と赤ちゃんの目と目がしっかりと結び合う距離でもあります。

 授乳の時、赤ちゃんはコクンコクンと一定のリズムでお乳を飲み、少し休んでまた一定のリズムでお乳を飲むことを繰り返します。赤ちゃんは「少し休んで」いるときに、お母さんの顔をじっと見つめます。授乳時にこのような「間」をとるのは、ほかの動物にはない人間の赤ちゃん特有の行為なのだそうです。そしてこの「間」は、赤ちゃんがお母さんと目と目で暖かで平安なコミュニケーションを結ぶ大切な時なのです。「目と目を合わせて心を育む」、そんな言葉が思い浮かびます。そうであれば、お母さんはこの「間」が出来たときに、赤ちゃんに暖かな視線と向けてあげることが大切だということがよく理解できます。

 また、人間の目は、他の動物に較べていわゆる「白眼」の部分が他の人にもよく分かるようになっています。他の動物は人間ほど白眼の部分が多くありません。人間の目はその分その人の感情や思考が表れやすくなっているのです。「目は口ほどにものを言う」と言われるのもうなずけます。

 このようなことを考え合わせると、暖かな視線はコミュニケーションの基本であると言えるでしょう。私たちは子どもたちとの豊かな心の交流のために、暖かな視線を子どもたちに向けたいと思います。それは年齢に関わらず、人と人とが心を通わせる上で最も大切なことの一つです。もしいつも刺すような冷たい視線を浴びていては、大人だって心が縮む思いになり、他の人と目と目を合わせることができなくなるのではないでしょうか。

 私たちは神さまから大きな愛の視線を受けています。いつどこにいても、私たちは神さまの見守りの中で生かされているのです。この恵みに生かされて、私たちも互いに暖かく支持的な視線を向け合うことができます。神さまの愛の眼差しをしっかり心の奥にまで受けましょう。そして私たちからも、日々、暖かな視線を子どもたちに向けていきたいと思います。

 (『あいりんだより』愛隣幼稚園20082月)

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成長の時を見守り支える

成長の時を見守り支える 

 「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。」(コヘレトの言葉第3章1節)

 新年おめでとうございます。本年も教職員一同で子どもたちの心身の豊かな育みのために努めて参りたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

 我が家では、今年も一つヒヤシンスの水栽培をしています。秋に買った球根を冷蔵庫に入れて約一ヶ月の擬似冬体験をさせた後、12月始めに水栽培を始めました。先ず根が伸びるように薄暗いところに置いて、今は明るい部屋の中に置いてその成長を楽しんでいます。明るく暖かな部屋に置くかれたヒヤシンスは毎日少しずつ成長しているのが分かります。やがてつぼみの頭が見えてくるでしょう。花の咲く時が楽しみです。

 それぞれの子どもたちにも成長の時があります。ふさわしい環境の中で、十分に根を張る時、葉をしげらせる時、花を咲かせる時、実を結ぶ時、休眠する時。成長するのは子ども自身であり、私たちに出来ることは良い環境を整え、手出しをするのではなく眼差しを向けて見守ることです。それぞれの子どもの姿をしっかりと見極めながら、急がせるのではなく、かといって放任するのでもなく、心の栄養になる環境を整えて子どもたちの成長を共にする喜びを経験する年にしていきたいと思います。各ご家庭におかれましても、子どもたちが出来るだけ規則正しい生活が出来るようにご配慮いただければ幸いです。なぜなら、規則正しい生活は一日の中での「時」のメリハリをしっかりと創り出すからです。生き生きと心を通わせ、言葉を交わし合う生活を創っていく上でも、「時」をしっかりと意識していたいと思うのです。

 近年、日本の教育力の低下が指摘され、マスコミで昨年も高校生の学力が世界の他国に較べて順位を下げていることが話題になりました。特に思考力や応用力の低下が目立っているようです。その原因を考えてみると、子どもたちが幼い頃から周りの人たちと対話する機会を奪われ、自分の実感を大切にした心の触れ合いを無くしていることが挙げられるのではないかと思います。

 人と人との深く暖かな心の交流が無ければ人間としての成長はあり得ません。時代は私たちを怠惰にさせるほどに便利な道具や指先を動かすだけで遊んだ気になる遊具にあふれ、心と体を十分に動かしながら他の人とぶつかり合い、理解し合いながら心の交流を深めることが乏しくなってきています。その中で人は次第に孤立化し、「時」に対するメリハリも失っているかのように感じられます。

この年を、安易さや手軽さに流されることなく、子どもの確かな成長を信じ、願い、豊かな交わりのある生活を創っていくことができるよう、教職員一同で努めていきたいと思います。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

(愛隣幼稚園(宇都宮)園便り『あいりんだより』2008年1月 )

posted by 聖ルカ住人 at 13:10| Comment(0) | 幼稚園だより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一緒に絵本を読みましょう

一緒に絵本を読みましょう

  子どもは自分で言語表現する以上に周りの人の言葉やその雰囲気を頭でもハートでも理解しているものです。もし、言葉で話す程度にしか理解できていないにしても、その場の雰囲気を体で感じていますし、そう感じていることを前提にして接してあげることが大切です。子どもが片言を話すようになったら、是非親子で絵本を読む機会をとってあげてください。

 絵本にはテレビ番組やビデオとは違う良さがたくさんあります。その一つは、絵本は番組のペースではなく、親子のペースで読めることです。ある場面は繰り返し、ある場面はゆっくり、またある時は絵本に書いてないことも途中で付け加えたりしながら読めるのは絵本の素晴らしいところです。

 かつて、私の息子が妻の膝の上で絵本を読んでもらっていました。2歳になる前に頃のことだったと思います。その息子の表情を見て改めて気付いたことがありました。子どもは絵本の世界に入り込みます。子どもはお母さんに絵本を読んでもらいながら、お母さんの耳から言葉を味わい、自分の目で絵を味わい、体全体で絵本の世界を体験しているのです。視線は真剣な表情で絵本の上を、時に一点に止まり、時に駆けめぐり、ページがめくられるとまた食い入るように新しいページに思いを集中します。この時の親と子の作り出すリズムは、決してテレビ番組やビデオでは生まれません。絵本の世界は、その親子にしかない聖なる場を創ります。読み手のお母さん(或いはお父さん)は、少しゆっくりかなと思うペースで落ち着いた静かな声で読み聞かせてあげてください。子どもはその時、絵本の世界を経験していると同時に絵本を通してお母さん(或いはお父さん)と一緒に生きる世界を味わっているのです。

 テレビ番組やビデオの作品の中にも面白いものや興味を引くものはあります。楽しめる番組も沢山あるでしょう。でも、それは子どもが感じたり立ち止まって言葉を発したい時にも待ってはくれません。自分の感じることを自分のペースで心に捕らえ親と分かち合えることは、何物にも代えられない大切なことです。

 絵本の読み聞かせをする時間を取ってあげてください。そのうち子どもの方からお気に入りの作品を持って「読んで」と言ってくるようになるでしょう。お母さんの朗読は子どもの情操を養います。読み終わった時も、その余韻を大切にしてあげてください。すぐにコマーシャルが流れたりせず、読み終わった後のわずかな沈黙も親子の読書という聖なる時を引き立ててくれることでしょう。

posted by 聖ルカ住人 at 09:15| Comment(0) | 子育て応援 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする