2022年12月12日

布おむつを使った時代の知恵

布オムツを使った時代の知恵

  私がこの文章を記したのは、2006年の頃だったと思います。私は、今でもこの文章が決して古くさいとは思えず、変わらない真理を含んでいると思うのです。どうぞ、読んでください。

 文明は人間関係の質を変えます。

 赤ちゃんを育てるのに今では紙オムツを使うことが当たり前になっています。私には現在高校生を頭に3人の子どもがいますが、私たち夫婦は子育てをするのに、当時次第に少数派になりつつありましたが、布のオムツを使いました。

 そうしたのにはいくつかの理由がありました。

 布のオムツを使ったことは、経済的なことや地球資源に関する問題意識のこと、オムツかぶれを起こさないようにということなどもその理由ですが、私たち夫婦に「紙オムツより布オムツの方が良い」という信念のようなものがあったことが一番の理由であったように思います。

 その「信念のようなもの」の中味を振り返ってみると、以下のようなことだったのではないかと思います。

 赤ちゃんは大人との心身の接触と交流の中で育ちます。紙オムツを使うより布オムツを使った方が、赤ちゃんも快適だろうし、交流も豊かになると考えたのです。

 赤ちゃんが排泄したとき、こまめに取り替えてあげていると、オムツが濡れたり汚れたりすると赤ちゃんは次第に泣いて教えるようになってきます。赤ちゃんが泣くことは決して否定的なことではなく、大人の言語表現と同じことなのです。赤ちゃんがオムツが濡れたことを泣いて表現して親に訴えていることについて出来るだけ適切に対応してあげるように心掛けました。やがて、赤ちゃんのオムツが濡れて泣くとその表現を受け取った親が出来るだけ手早く取り替えてあげる、というサイクルができてきます。そのサイクルが分かり始めると、時には「そろそろおしっこかな」と察してオムツをはずしておマルに座らせたり、トイレに連れて行って「シー、シー」とおしっこを促して成功することも増えてきました。こうして親と赤ちゃんの間に次第に生活のリズムも出来てくるのです。

 赤ちゃんと親の生活のリズムが比較的安定してくると、その中で排泄をする時間も親の方で察することが出来るようになります。

 このようなトイレットトレーニングは、赤ちゃんが自分の排泄を自分でコントロールしていく上で、きっと私たちが意識している以上に役立っているのではないかと考えました。

 親として、時には子育てに楽をしたくなります。楽をしたいからこそ、赤ちゃんの体のリズムを親もつかんで、トイレでの成功率が上がるように心掛けたのです。

 紙オムツは年々改良されているようで、脇漏れがなかったり、オムツの中におしっこをしてもサラサラした感覚であったり、本当に便利になっているようです。でも、便利であるために、かえって子どもに対する配慮が希薄になってきているような気がします。紙オムツの便利さのために、一日のおむつ交換回数は紙オムツ利用者の方が明らかに少ないのです。でも、オムツ交換の回数が少なくなる分、赤ちゃんのあのプクプクしたお尻の手触りの心地よさを味わう回数も減るのです。オムツを交換している最中に噴水のようにおしっこをされてしまった時の、2割の面倒臭さと8割のいとおしさなどは布オムツ利用者の方がずっとたくさん経験し、子育ての楽しさを実感するのではないでしょうか。

 「そろそろおしっこじゃない?」「いいのよ、うちは紙オムツだから」はじめこのような会話を聞いたとき私は唖然としましたが、このような考えのお母さんは増えているようですね。

 子育てをする基盤の「愛」は、我が子に「愛しているよ」と語りかけることで育まれるとは限りません。むしろ「愛」は色々は子育ての行いの中に溶け込んでいると言えるでしょう。オムツを取り替えたり、お風呂に入れたり、あやしたり、毎日の何気ないやりとりの中に親の愛情は溶け込んでいて、それが毎日子どもに具体的に関わる中で伝えられていくように思うのです。

 世の中はどんどん便利になりました。でも、便利さのゆえに失ってきたものもあるような気がしてなりません。布オムツを用いていた時にたくさんあった赤ちゃんとの交流が紙オムツを用いるようになって少なくなったのではないかと思うことがあります。いえ、紙オムツのことはホンの一例なのです。

 文明が発達すると人間関係の質まで知らず知らずのうちの大きく変わってしまうことをよくわきまえて、赤ちゃんが心身共に健康に豊かに育つために何を大切にしたらよいかをいつも模索していくことが求められているのです。

posted by 聖ルカ住人 at 17:50| Comment(0) | 子育て応援 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする