2022年12月09日

『「基本のき」から』

「基本のき」から

 わたしのこれらの言葉を聞いて行う人は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。(マタイによる福音書第7章24節)

 もし「園長としてどのような幼稚園をつくろうとしているのか」と問われたら、私は「奇抜なことをして目立とうとするのではなく、当たり前のことが当たり前にできていて、しかもどこか深さが違う」と思っていただける幼稚園を創っていきたい、と答えたいと思います。また、実際にこの幼稚園がそうなるように努めていきたいと思っています。

 近年、商品にしても商店にしても、「特徴付け」や「差別化」が課題となっています。それは、他との違いを強調して売り込むための戦術でもありますが、時として本質とは関係ない見栄えの華やかさや形式に流され、かえって本当に大切なことを見失わせることにもなりかねません。

 幼稚園は人間の成長に仕える教育の場です。その事以外に何か品物を売るのに似た園の「特徴付け」や「差別化」が前面に出て良いはずがありません。子どもたちの命の育みのために必要なこと、適切なこと、相応しいことを、日々心を込めて行っていく中で、幼稚園は幼稚園として成長し、そこに「特徴付け」も自ずと生まれ大きくなっていくことでしょう。そのような意味でも、私は「当たり前のことが当たり前にできていて、しかもどこか深さが違う」という幼稚園を育てていきたいと思うのです。

 そうであれば、幼稚園でも各ご家庭でも、子育ての「基本のき」を大切にしていきたいと思います。例えば、日中は屋外でお友だちと一緒に十分に体を動かして遊ぶこと、子どもの経験を共感しながら聴くことを中心とした心の通う会話をすること、楽しい雰囲気での落ち着いた食事をすること、善悪のけじめをつけること、子どもと一緒に質の高い絵本の読み聞かせをすること、人の業を越えた大きな存在に向かって祈ること等々、子育ての「基本のき」を実践していきたいと思うのです。それは、子育てに限らず生きる上での「基本のき」であり、むしろ事柄そのものより、私たちの生活全般にいかにして「愛」を盛り込んで子どもと心を通わせるかということの大切さであると言えそうです。

 子どもたちは、入園、進級して二ヶ月が経ち、幼稚園の生活にも慣れてリズムをつかみ、次第に友だち関係も広がり、表現も大きく力強くなってきているようです。子どもたちが十分に自分を表現しながら生活していけるよう、幼稚園では一人ひとりを大切にするという幼児教育の「基本のき」に絶えず立ち帰りたいと思います。どうぞ、ご家庭でも温かな心の触れ合いと生活習慣の形成という「基本のき」に努めていただければと思います。その中から、他園では真似ることのできない愛隣幼稚園の特徴が育ち、その特徴が更に私たちを育ててくれるようになると確信しています。

 (『あいりんだより』2007年6月)

posted by 聖ルカ住人 at 09:30| Comment(0) | 幼稚園だより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

赤ちゃんと視線を交わすこと

 赤ちゃんと視線を交わすこと

 私たちは、生まれたばかりの赤ちゃんでも大人が思っているよりずっと多くのことを認知していることを知っておく必要があります。いや、それは赤ちゃんがまだお母さんのお腹にいるときから言えることです。
 赤ちゃんの胎動が始まったら、まだお腹の中にいるときから時々お腹を優しく撫でて言葉をかけてあげてください。赤ちゃんが、やがて「自分は大事なひとりの存在としてこの世に命を与えられたのだ、自分を超えた大きな力に支えられてしかも喜ばれてこの世に命を与えられたのだ」という実感を持てるように、生まれる前からお母さんもお父さんも赤ちゃんが安心し安定した環境の中に生まれてこられるようにしてあげてください。
 さて、生まれたばかりの赤ちゃんにも視力があります。初めのうちはかなりボンヤリしているようなのですか、少なくとも、お母さんが自分の腕に赤ちゃんを抱いた時にお母さんの顔をひとまとまりとして認識するだけの知覚はあるようです。
 神さまは人間を本当に不思議にうまく造ってくださっています。赤ちゃんにとってはこのダッコされた顔と顔の距離が人間関係の出発点と考えることが出来ます。
 お母さんが、この距離で柔らかな表情で優しい言葉を掛けてあげることによって、お腹の中では「闇」であった自分の人生が「光」の人生に変わるのです。この時、お母さんは赤ちゃんに「光の人生は良いものだ」「光の世界も良いものだ」という経験を沢山させてあげてほしいのです。
 赤ちゃんが「生きることは楽しい、素晴らしい」という経験を沢山重ねることが出来ますように。そして初めて経験する「他者」を全面的に信頼して、共にいることは何と心地よいことなのだろう」ということを赤ちゃんが体で知り、体にしみ込ませることが出来るように心掛けてあげましょう。
 赤ちゃんは次第に動くものを目で追うようになります。赤ちゃんにとって一番身近であり目に入る存在はお母さんであり、一番親しみを感じるようになるのがお母さんの顔なのです。赤ちゃんにとって、自分に関心を持ってくれて、自分を受け入れてくれて、自分の気持ちに沿った言葉をかけてくれる「他者」が赤ちゃんの目にしっかりと入っています。
 これはとても大切なことです。例えばテレビがついていれば画面の動きは一方的に赤ちゃんの目に入ってきます。でも、その動きは赤ちゃんの気持ちや状況に沿ったものではありませんし、赤ちゃんのペースで働きかけてくるものではありません。自分の目に入ってくるものが、自分を認めてくれていて、赤ちゃんからのアクションにも反応してくれることで、赤ちゃんはまたその反応を目からも耳からも体中で心地よいこととして経験していくのです。
 この経験は、これからこの赤ちゃんが生きていく人間世界への良い方向付けになることなのです。「まだはっきり見えないからあまり働きかけなくても良い」などと考えないで、お母さんの素敵な優しい表情をまずお母さんの方から沢山赤ちゃんに見せて、お母さんと赤ちゃんの良い絆をつくってください。親と子の絆は初めからあるのではなく、このようにして赤ちゃんと一緒に創り上げていくものと考えましょう。




posted by 聖ルカ住人 at 09:03| Comment(0) | 子育て応援 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月08日

笑顔を交わし合うこと

笑顔を交わし合うこと

 人は独りでは生きていけません。
人は、特に赤ちゃんは、他の人と一緒に生きることで、はじめて自分のことも相手のことも確認できるようになるのです。聖書の創世記第2章18節で主なる神さまは「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」と言ってパートナーとなる女の人を造りました。ここに人の性質がとてもよく表現されていると私は思うのです。人が独りでいると、自分の思っていることや考えていることを行動に表しても、そのリアクションがありません。すると、自分自身の確認が出来ないのです。神さまは人が独りでいる姿をご覧になって、人に合う相手を与えてくださったのです。これは、大人と大人の関係だけではなく、親子の関係(特にお母さんと赤ちゃんの関係)でもとても大切なことなのです。
 このごろ衝動的に犯罪を犯してしまう人がいて、時々新聞やテレビラジオで話題になるのですが、容疑者は「誰でもいいから包丁で刺してみたかった」言っていたなどと報道されています。こんなところにも、人と人の関係が深くしっかり結べないでいる現代人の様子が表れてるように思うのです。
 さて、赤ちゃんは自分の目の前にいる他の人との間で自分を確認します。赤ちゃんはまだ「自分を確認する」なんていう難しい言葉で自分をとらえているわけではありませんが、赤ちゃんがどのようにして対人関係を取れるようになっていくかを振り返ってみると、この「自己確認」は赤ちゃんがすべきとても大切なことなのたと気付くでしょう。
 赤ちゃんとお母さんが向かい合っています。お母さんがニコニコしながら赤ちゃんに優しい言葉で語りかけます。すると、赤ちゃんはご機嫌が良くなって、ニコニコっと笑います。お母さんは「まあ、かわいい!」と思ってまた赤ちゃんに笑って語りかけます。赤ちゃんはまたニコニコっと笑いました。お母さんにとってこれは本当に至福の時です。いえ、そればかりか、お母さんが赤ちゃんによって「自分は母親である」という実感を強められる大切な時でもあるのです。
 一方この時は、赤ちゃんにとっても至福の時であり、大切な時なのです。赤ちゃんにとってはまだまだ言葉は出なくても、お母さんとのニコニコのやり取りを通して自分を感じ、またお母さんを感じているのです。つまり、お母さんという他人を通して赤ちゃんは自己確認をし相手の人を認識するようになっていくのです。お母さんに協力してもらい6ヶ月くらいの赤ちゃんと実験をした人がいました。赤ちゃんがお母さんの前でニコニコ笑いかけてもお母さんは能面のような顔をして表情を変えないのです。すると赤ちゃんはどうなると思いますか。赤ちゃんは気の毒になるほど不安な表情をして、べそをかく子までいるのですよ。ニコニコのやりとりの始まりは、お母さんからでも赤ちゃんからでも良いのです。柔らかな声で優しい言葉を赤ちゃんにかけてあげてください。赤ちゃんはそのお母さんを通して自分とお母さんをしっかり確認するでしょう。赤ちゃんのニコニコっとする自分の表現が受け入れられて、優しく確かなリアクションを返してもらえれば、赤ちゃんは自分の存在を受け入れてもらえた経験をし、それはとりもなおさず赤ちゃんが自分の存在を肯定的に実感する経験を重ねることになるのです。
 赤ちゃんとニコニコ笑顔を交わし合いましょう。もしかしたら、そのような時を通してあなたがお母さんとして育まれているのかも・・・。



posted by 聖ルカ住人 at 20:40| Comment(0) | 子育て応援 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月07日

「愛」って何?

 「愛」って何?

 これから、子育てについて私が思うことをいろいろ話をしたいと思いますが、先ず、かたい話から始めましょう。
 人間関係の基盤にあるのが愛です。愛を基盤にしてこそ良い人間関係が創られます。
 でも、よーく考えてください。私たち、この「愛」という言葉の中身をホントに分かって使っているのでしょうか。昔から演歌にもロックミュージックにもこの言葉は「耳にタコができる」ほど耳にしてきました。
 『広辞苑』を引いてみました。「愛」とは・・・。
 ①親兄弟のいつくしみ合う心。広く人間や生物への思いやり。
 ②男女間の愛情。恋愛。
 ③かわいがること。めでること。大切にすること。
 途中省略して
 ⑦キリスト教で、神が、自らを犠牲にして、人間をあまねく限りなくいつくしむこと。→アガペー。
 そして⑧の愛蘭(アイルランド)略
というのまでありました。
 辞書の説明の限りではそういうことなんだけれど、愛って何でしょう。
 わたしが「愛」について教えられたのは、愛の反対語を考えたときです。
 論理学の上では、「愛」という言葉はその反対語を挙げることのできる言葉ではありませんが、敢えて「愛」の反対語を思い巡らせてみたいと思います。
 普通、わたしたちが「愛」の反対語は何ですかとたずねられたら、どう答えますか。多くの人は「憎しみ」とか「恨み」とか答えるでしょう。きっと90パーセントくらいの人はそう答えるでしょう。
 でも、キリスト教でいう愛の反対語はむしろ「無関心」「無関係」です。無視したり関わろうとしないことの方が、恨んだり憎んだりするより、「愛無き行為」なのです。マザー・テレサは、物質的な先進国日本の問題はこのような意味での「愛」がないことだと言いました。
 この反対語からもう一度「愛」という言葉について考えてみましょう。
 「愛」とは、自分の隣にいる人に関わることです。誰もが神さまから与えられた大切な命を宿しています。その命が損なわれたり無駄にされることの無いように、自分の隣にいる相手を支えて関わりぬくことが愛なのです。そうであれば、聖書でイエスの説く「愛」は、好きかどうかの感情を表す言葉ではなく、他の人に関わろうとする意志や行為を表す言葉であるとも言えるでしょう。
 「子育て」にはそのような意味での「愛」が必要です。目の前にいる隣人である我が子が、神からプレゼントされた命を豊かに大きく育むためには、体の栄養と同時に「愛」が必要なのです。時には自分の思い通りにならないからと言って苛立ってしまったり、子育てに疲れを感じるときもあるでしょう。でも、そんな時はあなたが神からを受けていることを思い起こしてください。そしてその愛に生かされて最も身近な隣人である我が子にどこまでも関わっていけますように。


posted by 聖ルカ住人 at 23:51| Comment(0) | 子育て応援 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

色とりどりの子どもたち

『色とりどりの子どもたち』

 「野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。」(マタイによる福音書6:28)

 明るい5月になりました。「花の5月」と言われます。在園生たちがまだ赤ちゃんだった頃、人気グループのSMAPが歌う『世界に一つだけの花』という音楽が、毎日のようにラジオから流れていました。「どの花も二つとない特別なオンリーワンの花、他の花と較べることなく、その花を咲かせることに一生懸命になればいい」という意味の歌詞だったでしょうか。

 私はこの歌を聞くと、いつも上記の聖書の言葉を連想します。そして、小さな子どもたちが一人ひとり取り替えのきかない命を神さまから与えられていることを思い、オンリーワンの存在としてそれぞれに自分の花を咲かせることができるように育って欲しいと祈る思いになります。

 野の花の一つひとつがその花らしく咲くためには、天の恵みとしての太陽の光と雨の水が必要になります。その恵みを受けて野の花は次第にその中に宿している特性をあらわし、やがてオンリーワンの花を咲かせるのです。

 私たちの場合はどうでしょう。私たちがオンリーワンの存在となるためには体の成長とともに心や知力の成長が必要になります。私たち人間の心身の成長には、自然の恵みだけではなく人と人との「交わり」を必要とするのです。私たち人間は、他の人々との交わりの中で、「愛」という栄養を与え合い受け合いながら次第に成長していきます。子どもは放任されていては自分で心や知力を育てていくことを学べず、目の前の課題を解決していくために自分の力を集中することも出来なくなります。また、人と人との暖かな交わりを持った経験のない人が他の人の成長を支援することも難しくなるでしょう。私たち大人はきめ細かく丁寧に子どもたちに関わり、子どもたちが自分で育とうとする意欲を引きだしていきたいと思います。そして、子どもたち一人ひとりがオンリーワンの花を咲かせるための成長の過程を子どもたちと共に喜ぶ者でありたいと思います。

(愛隣幼稚園『あいりんだより』2007年5月)

posted by 聖ルカ住人 at 23:01| Comment(0) | 幼稚園だより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『愛隣』という名前

『愛隣とは』

 「隣人を自分のように愛しなさい。」(ルカによる福音書第10章27節)

 私たちの幼稚園の名前である「愛隣」は、聖書の教えです。この言葉は、主イエスさまがある人から「何をしたら。永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか」と問いかけられたことにお応えした言葉です。その答の中心が「愛」なのです。

 「愛」とは何でしょう。聖書が伝える「愛」とは、「神さまのお考えが相手と自分の間に現れ出ることを願って、どこまでも関わり続けること」です。ですから、相手に対して無関心でいることや相手を思わず自分勝手に振る舞うことは、主イエスさまの教える「愛」とは正反対のことであると言えます。

 近年、親子や地域に限らず、人間関係がずいぶん希薄になり危うくなってきているように感じるのは私だけでしょうか。人間に本来与えられているさまざまな可能性は、人と人の関係の中で芽を出し、花開き、実を結びます。例えて言えば、人が人として精神的に成長していくために必要な栄養が「愛」であり、人は「愛」によって互いの「愛」を育むのです。そして、子育ても幼稚園教育も原点はこの「愛」にあるのです。愛に基づき、「今、神さまは私の目の前の隣人に何をすることを願っておられるのだろう」と自分に問いかけながら、私たちは子どもたちと関わり、良い交わりを創り上げていきたいと思います。

 春です。幼稚園も新年度に入りました。教職員一同、互いに「愛」を育み、自分と同じように隣人を愛する人になれるよう、祈り合いつつ、神さまから与えられた勤めに励んで参りたいと存じます。その中から、子どもたちも自分のように隣人を愛する人に育っていくにちがいありません。 

 『あいりんだより』2007年4月号

*『あいりんだより』は、私が愛隣幼稚園(栃木県宇都宮市)に園長として勤務した2007年4月から2015年3月までの園便りの巻頭文です。

posted by 聖ルカ住人 at 10:14| Comment(0) | 幼稚園だより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月05日

『バラになったのぞみ』のこと

『バラになったのぞみ』のこと           司祭 ヨハネ 小野寺達

  東松山聖ルカ教会の教会通信『マラナ・タ』の第2号(2021年8月号)に、「平和を思う」と題して、私の父親が作出した「のぞみ」という名のバラについて、父の遺文を紹介しつつ掲載させていただきました。

 教会報『我が牧者』にも、「同じ文章でよいから是非『のぞみ』の物語を紹介したい」とのご提案があり、私はここに再度「バラになったのぞみちゃん」のことを掲載していただく機会が与えられました。その時の文章を再度ここに掲載していただいてもよいと思いましたが、私はその後もう一つの父の文章に出会いました。内容は、前回とほぼ同じではありますが、今回はもう一つの父の文章を共有していただければ幸いです。

 昨年の8月以来、「のぞみ」にまつわる二つの大きな出来事がありました。

 その一つは、『バラになったのぞみちゃん』という小冊子が再発行されたことです。私がこの冊子を知ったのは、2020年3月にNHKEテレの『趣味の園芸』で「のぞみ」が採り上げられたときのことでした。その番組では、日本人の作出したばらと作出者を5分間ほどの連載特集で「天津乙女」「芳純」などの剣弁高芯のばらを中心に一つずつ採り上げ、その最終回が小野寺透作出の「のぞみ」だったのです。その中で渡辺桂子さんが発行された『バラになったのぞみちゃん』(非売品)という冊子により「のぞみ」の命名の由来が紹介され、反響を呼び、私の所にもその冊子が欲しいという依頼や問い合わせが数件あったのです。

 しかし、私たち家族は渡辺桂子さんとは面識もなく、その冊子の入手方法も分からず、やがて彼女が逝去されたという情報だけがどこからか伝わってきていました。私は、既に「のぞみ」は小野寺の親族を離れて世界に羽ばたいており、親族だということで「のぞみ」と関わることはかえって控えていたと言ってもよいと思います。

 ところが、2022年に入って間もない頃だったかと思いますが、私の所に島田秀郎さんという方からメールが届いたのです。

 島田秀郎氏は2019年の冬に東京のある病院に入院されてリハビリに励んでおられる頃に、同じ病院に渡辺桂子さんが入院され、二人は知り合い友だちになりました。お二人の入院生活の中で、ある日渡辺さんは島田氏に「バラになったのぞみちゃん」の話をされ、渡辺さんは島田さんに彼女が持っていた最後の一冊「バラになったのぞみちゃん」をお渡しになったのです。それから時が過ぎ、既に渡辺さんは逝去され、「のぞみちゃん」を思い出した島田氏はもう一度その冊子を出版して沢山の人にこれを知らせたいという思いを強くされたのでした。島田氏はその思いや最後の一冊の小冊子のことなどをクリスチャンの友人に話したところ、幾人かの繋がりを経て「のぞみの作出者小野寺透の息子は日本聖公会の司祭で水戸の教会の牧師をしている」ということにまでたどり着き、島田氏からその冊子が間もなく再発行されるので出来たら贈りますというお知らせを受けたのでした。

 私は、島田秀郎さんから送っていただいた300部の小冊子を多くの方にお渡しすることを自分の課題としてこの数ヶ月を過ごしてきました。この『バラになったのぞみちゃん』の小冊子にはどのような背景となる出来事があったのかを島田氏の文章や『マラナ・タ』第2号に掲載した私の文章など印刷して、この小冊子に沿えて多くの方にお送りし、私の手許の小冊子は25部(10月末現在)を残すまでになりました。

 そしてもう一つ、この渡辺桂子さんと島田秀郎さんの流れとはまったく別の流れでで、絵本『ばらになったのぞみ』が刊行されたことを報告させていただきます。

 大雨をもたらした台風が通り過ぎた9月19日、牧師館の電話が鳴りました。相手の方は「今、東京にいるのだけれど、台風の影響で飛行機が全便欠航となり、今日は熊本に帰れなくなって時間が出来たので、東松山まで会いに行きたい」とのこと。電話の相手は『バラになったのぞみ』(文・おがわるり 絵・かとうゆうみ 熊日出版制作)と題する絵本を出版された小川留里さんでした。

 私は、その絵本が今年の7月1日付けで発行された直後に偶然にこの刊行を知り、直ぐに出版元に注文していたのですが、その時に合わせて手紙を書き『マラナ・タ』第2号、島田秀郎氏によって再発行された故渡辺桂子氏作成の小冊子『バラになったのぞみちゃん』とその冊子再発行の経緯を記した島田氏の文章などを出版社にお送りしたのでした。

 間もなく私の手許に届いた郵パックの中には、絵本と一緒に著者小川さんの手紙といくつかの資料が添えられており、その中に、熊本ばら会会長(当時)故高木寛氏が日本ばら会の会報『ばらだより』に寄稿なさった文章のコピーがあり、高木寛氏はその文章の中で小野寺透と「のぞみ」を紹介してくださっていました。以下がその文章ですが、紙面の都合により一部省略と字句修正の上、ここにご紹介します。

 題は「バラになった幼女のぞみ」です。

 5年ほど前に小野寺先生から一通の手紙をいただきましたが、同封してある1985年にカナダのトロントで開催された第7回世界ばら会議で講演された小野寺先生の「ばらになった幼女のぞみ」を拝読して、はじめて「のぞみ」に秘められた悲しい物語を知ることができました。この感動すべき物語を出来るだけ忠実に紹介したいと思います。

 1985年にカナダで開催された世界ばら会議に出席するため、日本からの長い空の旅のあと、トロント空港に着いた私を上品な紳士が私を迎えてくれました。彼は、カナダ聖公会の司祭評議員今井献氏で、私の姪ののぞみの父であります。

 第二次世界大戦が終わりに近づいたころ、私の妹と若い聖公会の司祭は結婚して一年しか経っていなかったが、彼に召集令状が届けられました。

 二人はやがて生まれてくる子どもの名を捜しました。それは男にも女にもふさわしい名前であり、また希望に満ちたものでなくてはならなかったのです。

 そして、子どもが生まれたら「のぞみ」と命名するように二人で約束して彼は入隊しましたが、南太平洋の最も激しい戦いがおこなわれている島におくられ、生死の間をさまよう毎日を過ごしました。のぞみが生まれたときも、消息は全くわかりませんでした。司祭の親は満州に住んでいました。そのころは、女性がそこに行くことは大変困難で、まして赤ちゃんを連れて行くなんて、とても出来ることではありませんでした。

 しかし遂に彼女は、子どもを連れて1945年の雪の降る日に、満州行きの最後の船に辛うじて乗ることが出来ました。のぞみと母親と祖母が落ち着いた生活を楽しむことが出来たのも束の間で、やがて悲しい終戦を迎えました。

 一方、生死不明ののぞみの父は、九死に一生を得て、1945年の暮れに日本に帰国しましたが、満州に居る彼の家族の消息は全く判りませんでした。

 あらゆる手段と教会関係の協力によって、やがて消息が伝わってきました。

 女性の家族にとって、満州で生き延びることがきわめて困難であったために、のそみの祖母が亡くなり、続いて母が死に、3歳になったのぞみだけが生きているという便りが届きました。時が経ち、1947年の寒い冬に、満州からの撤退が終わりに近づいたとき、のぞみが帰国するというニュースが届きました。それは4歳の幼女にとって、堪えがたい長い長い旅でした。

 帰国予定の日に、彼女の父は胸を躍らせて品川駅に迎えに行きました。しかし、無駄だったのです。一日延期になったと告げられました。翌日、再び駅に迎えに行きました。彼の手には、のぞみのための小さい白い手袋が握り締められていました。汽車が到着して、彼は娘を捜しましたが、悲しいかな、のぞみは丁度2時間前に最後の息を引き取ったと告げられたのです。初めて抱く娘のぞみはまだ温かく、まるですやすやと眠っているようでした。

 その後、私は私が作出したグランドカバーローズに、死んだ姪の名をとって「のぞみ」とつけました。この世を去った少女が今も尚咲きこぼれ、世界の人から愛されていることは、私にとって大きな驚きであり、感謝に堪えません。

 私は、私の講演を次のように結びました。「のぞみの父親がカナダとイギリスにおいて司祭としての長い生活を終えて静かに余生を送っているトロントで、「のぞみ」について講演することが出来たことは、神の導きであります。神に感謝!」

 この文章の後に、高木寛氏はご自身の思いを綴っておられます。その一部を引用させていただきます。

 私は、この悲しい物語を読みながら、戦争のもたらす悲惨さに心いたむ思いでした。父親は、子供を抱きしめて、頬ずりしながら感ずる温かさに幸せの時をもつものですが、のぞみの父親は初めて抱きしめる娘になお残された温かみが、やがて次第に冷たくなってゆくのを、どんな思いで堪えられたのでしょう。ジャック・ハークネス氏は、小野寺氏の趣味の背景には「民族の間の、平和と愛を広める際に、ばらは政治より大声で訴える。」という信念が存在すると称えています。私も「のぞみ」を栽培していますが、日本が生んだ平和の薔薇として、アンネのばら同様に、多くの人に見てもらいたいと願っています。

 バラの栽培を趣味として私の父と交流のあった高木寛氏が上記の文章を記してくださったのは1993年7月20日付けです。そして、高木寛氏と交流のあった小川留里さんによって本年(2022)7月1日付けで絵本『バラになったのぞみ』が生まれました。私と妻は東松山聖ルカ教会を訪問してくださったおがわるりさんと初秋の半日を牧師館で語り合って過ごすことが出来ました。彼女は「自分の中にのぞみが生きている」と言っておられました。

 「のぞみ」のきわめて個人的な物語の中に、人類の普遍的な課題が見えてきます。「のぞみ」は、世界中の子どもたちがもう「のぞみ」と同じ経験することなどない世界を実現するために、どのように生きるのか、何が出来るのか、何をすべきかを私たちに問いかけてきます。私にとってこの一年間は「のぞみ」に関する出来事がこれまでになく多い年でした。そして、私はこの一連の出来事を通して、この世では会うことのなかった私の叔母(今井純子スミコ)と従姉妹(今井のぞみ)は、私にとって遠い第三者なのではなく、私の家族なのだという思いを強く持つようになりました。叔父の今井献司祭は後半生を英国とカナダで過ごし、2007年11月27日に96歳で逝去しておりますが、今も日本聖公会東京教区のレクイエムで覚えてくださっています。1984年11月に私の両親と妻と今井献司祭とで純子とのぞみの墓参をした日が昨日のことのように思い出されます。

(『我が牧者』東松山聖ルカ教会 教会報 2022年12月11日発行 より)

*訂正とお詫び 文中の 渡辺桂子さんのお名前が、誤って「渡辺祥子」と記載されていた箇所があるとのご指摘をいただきました。ご指摘をありがとうございます。訂正させていただきます。

          のぞみ2022-05-25 02.jpg

posted by 聖ルカ住人 at 18:03| Comment(1) | エッセー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月04日

悔い改めよ  マタイによる福音書3章1~12節   A年降臨節第2主日 2022.12.04

悔い改めよ  マタイによる福音書3章1~12節

 降臨節の第2主日を迎えました。今日の聖書日課福音書には、洗礼者ヨハネが主イエスの先駆けとして、人々に悔い改めを説き罪の赦しを与える洗礼を授けていた物語が取り上げられています。
 私たちは、降臨節第2主日の特祷で「慈しみ深い神よ、あなたは悔い改めを宣べ、救いの道を備えるため、預言者たちを遣わされました」と祈りました。
 この祈りの言葉の預言者の一番最後に位置づけられるのが、洗礼者ヨハネです。
 洗礼者ヨハネは、大声で人々に訴えました。
 「悔い改めよ。天の国は近づいた」。
 洗礼者ヨハネは、直ぐに来られる救い主を指し示し、人々に悔い改めを宣べ伝えました。
 始めに、今日の福音書から、洗礼者ヨハネの姿に注目してみましょう。マタイによる福音書3章4節にあるとおり、「ヨハネは、らくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、イナゴと野密を食べ物として」いました。主イエスの時代の人々がこの「らくだの毛衣を身に着け、腰に革の帯をしている」という姿を聞けば、誰でも直ぐに一人の偉大な預言者を思い浮かべることが出来ました。それはエリヤです。福音記者マタイは、洗礼者ヨハネがエリヤと同じ格好をしていることに注目し、またこの洗礼者ヨハネの姿から誰もがエリヤのことを連想させる手法によって、この時代の様子をこの福音書の読者に伝えていると言えます。では、福音記者はなぜヨハネの格好に注目しているのでしょう。その事を理解するために、エリヤについて思い起こしてみましょう。
 エリヤは紀元前800年代の預言者です。エリヤの働きは、旧約聖書列王記の中に記されていますが、列王記の上巻から下巻に移る頃に登場してきます。その時代は、イスラエル王たちが異教の神に心を揺さぶられたり誘惑されることの多い時代であり、エリヤはそのような王たちを相手に厳しく戦う預言者でした。その中でも、特に、紀元前850年の頃、イスラエルはアハズヤという王の時代のことです。ちょうど、列王記下第1章にある物語です。
 アハズヤは不信仰な王でした。ある時、アハズヤは王宮の屋上の欄干から落ちて起き上がることが出来なくなってしまいました。アハズヤは、家臣に命じて自分が治るかどうか異教の神バアル・ゼブブに尋ねさせようとします。王の命令を受けた使者たちは出かけていきますが、その途中で彼らはエリヤに出会うのです。その時、エリヤは次のように言います。「あなたたちは、イスラエルに神がいないとでも思って異教の神の所に行くのか。異教の神バアル・ゼブブなどに頼るアハズヤは今寝ているベッドからもう二度と降りることはない。」
 エリヤはこうに言って、王アハズヤの不信仰を激しく非難しました。王の遣いたちはアハズヤの所に戻って、途中でその人から言われたことを王に伝えます。すると王は「お前たちにそのようなことを告げたのはいったいどんな男だったのか」と尋ね、彼らは王に次のように答えるのです。
 「毛衣を着て、腰には革の帯を締めていました。」
 それを聞いたアハズヤ王は言いました。「それはテシュベ人エリヤだ。」
 この姿からも分かるとおり、エリヤは極めて質素に禁欲の暮らしながら、ただ神の御心がこの世に現れることを祈りながら、神の言葉を取り次ぐ預言者でした。福音書に登場する洗礼者ヨハネも、このエリヤと全く同じ姿をしています。福音記者マタイは、洗礼者ヨハネをエリヤの再現として位置づけて描いているのです。そしてそのヨハネは、人々に悔い改めを迫り、罪の赦しのしるしとなる水による洗いを施す運動を興していたのでした。
 旧約聖書のいちばん最後にマラキ書がありますが、その第3章23、24節にエリヤについてこう記されている箇所があるのです。
 「見よ、わたしは大いなる恐るべき日が来る前に、預言者エリヤをあなたたちに遣わす。彼は父の心を子に、子の心を父に向けさせる。」
 マラキ書は、主なる神はこの世界に対して最後の審判を下される時に、その先駆けとして預言者エリヤを遣すと預言しました。旧約聖書の時代も時が進むと、イスラエルの人々の間に、裁きの時が来て、その時神に選ばれた者は救いに入ることができると考えるようになってきました。そして救い主の誕生が待ち望まれる時代になっていました。
 このような時代に洗礼者ヨハネは現れました。ヨハネは預言者エリヤの姿と重なります。ヨハネは大いなる恐るべき日が来る前に遣わされるべきエリヤであり、救い主の先駆者となり、救い主イエスを具体的に指し示したことを福音記者マタイは私たちに伝えているのです。
 救い主の先駆けである洗礼者ヨハネはこう言います。
 「悔い改めよ、天の国は近づいた。」
 私たちは、今、教会暦では、神の御子イエス・キリストを迎える備えの時を過ごしていますが、私たちは今日の聖書日課福音書から、救い主の到来が間近であることを思い、その備えをするように促されています。洗礼者ヨハネは「悔い改めよ、神の子を迎える時は近づいた。」と私たちに向かって叫んでいます。もし私たちが罪に支配され、私たちの心が罪に占領されているとしたら、私たちの中に神の御子を宿せる場所は用意されていないことになります。罪を悔い改めようとしない者にとって「終わりの時」とはその罪が顕わにされ、裁かれる時になるでしょう。そうであれば、罪を悔い改めない人にとって、裁き主にお会いすることは、先のマラキ書の言葉のように「大いなる恐るべき日」になるでしょう。私たちは洗礼者ヨハネの「悔い改めよ、天の国は近づいた」という言葉をどれだけ真剣に、どれだけ自分のこととして聞いているのでしょうか。
 もし、私たちが、たった今主なる神と顔を合わせてお会いするとしたら、私たちはどんな思いになるのでしょう。或いは、主なる神が、たった今、この世界の営みを全て完成すると宣言なさるとしたら、私たちはどのようにその時を迎えるべきなのでしょう。その時、私たちはやるべきだったのにやり残したり真剣に向き合うべきだったのにそうできなかったことや、相手と和解すべきだったのにそのままにしてしまったことや、与えられ利用したりはしたもののこちらからは与えず尽くせずにやりに残してしまったこと、やり足りなかったこと等々が一瞬のうちに浮かび上がり、裁かれて当然である自分を思い知ることになるでしょう。
 私は「終わりの時」について色々と考えるとき、いつも思い出すことがあります。それは、20年以上も前に、車を走らせていた時にラジオから流れていた番組で紹介されていた川柳の一句です。
 それは、「オペ前夜懺悔をしたきことばかり」という句でした。手術を明日に控えた病院のベッドで、独りで、手術についての不安だけでなくこれまでの自分のあらゆる言葉と行いが思い出されてくる心の内が、よく表現されていると思います。
 このような思いを糸口に考えてみると、洗礼者ヨハネが「悔い改めよ、神の国は近づいた」と説く言葉は、私たちにとっても切実な課題であり、しかも神の子を迎える準備をする私たちに相応しい言葉であることが理解できるのではないでしょうか。
 洗礼者ヨハネが迫る「悔い改め」は、やがていつか来る時の備えではなく、今ここで、自分の心をしっかりと神に向けることなのです。私たちの心の奥底にある自分の罪深さを認めて向き合い、そこに宿ってくださる御子イエス・キリストを迎える準備をするために「悔い改めよ」と洗礼者ヨハネは訴えています。
 主イエスを救い主と信じて受け容れる人にとって、洗礼者ヨハネの「悔い改め」を促す言葉は、恐ろしい言葉なのではなく、私たちが主なる神とお会いする喜びへの招きです。主イエスを私たちの内に深くお迎えできるように、御心に適う備えを進め、悔い改めにふさわしい実を結べるよう、洗礼者ヨハネの言葉を迎え入れ、導かれて参りましょう。


posted by 聖ルカ住人 at 15:56| Comment(0) | 説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする